2011年09月26日

汚さない。その2

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早速前回の続きです。(前回を未読の方はそちらを先にどうぞ。)


大人の皆さんは手を真っ黒けに汚してしまう事こそないかもしれませんが、

「自分の動作とそれによって起こるであろう結果に対して無頓着」

という点に関しては、とても子供の話として笑ってなどいられない、という人も少なくないはずです。


「自分は大丈夫!ぜ〜んぜん問題ありませ〜ん!」

と思ったあなた。

ほら、あなたです(笑)


例えばですねぇ。

あなたの字が先生に何度言われても手本よりもずっと大きくなってしまうのは何故なのでしょう?

あなたの字が何度言われても墨量不足になってしまうのは何故なのでしょう?

ほら、急に思い当たり始めたでしょ。


この辺の問題の詳細については既にこのブログで考察してきているので、具体的内容についてここでは繰り返しませんが、それらも一言で言えば、

「自分の動作とそれによって起こるであろう結果に対して無頓着」

という事に共通する問題に原因があるのだと思うのです。


「無頓着」と言われて面白くなければ、

「筆を持つ前の意識不足」

といういつもの話に置き換えたら納得しやすいでしょうか。


「え〜?何で急に話がそこに飛ぶの?」

と思ったのならもう少し考えてみましょう。


私がいつもする「筆を持つ前の意識」を高めておくという話は、「これから書こうとする」という自分の動作に対してしっかりとした問題認識を持っておくという事に他なりません。

「大きくなってしまう」という例で言えば、手本よりも大きくならないようにするにはどうしたら良いのか、何をしてはいけないのか、をしっかり把握しておかなければならないという事です。

ここが疎かだったり無頓着だったりするからこそ、何度書いても手本よりもずっと大きくなってしまうのです。


「それによって起こるであろう結果」とは勿論「書いたもの」を指すわけですが、それをただ漠然と眺めているだけだったりするからこそ、次の1枚もやっぱり変わらず大きくなってしまうのです。


これは、考え無しにドボンと墨を付けて真っ黒けになっても気にしない子供と、状況としては何ら変わりがありません。


子供の手が真っ黒けに汚れてしまう事と、あなたの字が手本よりもずっと大きくなってしまう事。

この一見無関係に思える両者の問題の根本にあるのは、実は全く同じものなのです。


だとすると、前回の話も子供の話として笑ってなどいられないではありませんか。

そもそも「自分は問題無し」などと思っている時点で既に思いっ切りアウトなんですけどね(苦笑)


因みに

「上手な子は汚さない。」

という話が成り立つのなら

「汚さない子は上手に書く。」

という話も成り立ちそうですが、そこはそう単純にはいきません。

これに説明し始めると、「説明の為の説明」になってしまって脱線したままになってしまいますから省略です。


久し振りに長い文を書いたら話が散らかってしまいましたが(苦笑)、皆さんが普段の自分を振り返る為の一助になれば嬉しく思います。

今回はここまで。

それではまた。

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初めてこのブログを読まれた方へ。

いらっしゃいませ。

あれこれ思いつくままに書いているので、書道独特の専門用語や人名などの固有名詞に関しては、その都度解説を付ける事はしていません。

初心者の方や学び始める以前の方には難解な部分も多かったかもしれませんが、お許し下さい。


「一言書いてみたいんだけど、みんなに読まれてしまうコメントに書くのは何だか気が引ける・・・」

という方や、

「何だか下手な事を書いたら説教されそう・・・」

という方、また、通信添削について御質問のある方は、下記のアドレスまで御意見御質問をお送り下さい。

誹謗中傷を目的としたような常識に反するもの以外、お返事させていただきます。

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定期的にアップ出来ているわけではありませんが(正直言ってサボりがちです)、よろしかったらまた覗きにいらして下さい。

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2011年09月24日

汚さない

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最初に断わっておきますが今回の話、あくまで傾向としての話であって、「絶対に」と断言出来る程の話ではありませんので悪しからず。(それなら書くなよ、という話もありますが。)


子供の場合、上手に書く子(「上手」とは何ぞや?については今は触れません。)というのは、自分の手は勿論の事、自分が今書いたものにしろ筆にしろ机にしろ、余計なところに墨を付けて真っ黒けに汚してしまうような事が殆どありません。

一見、上手に書く事と「真っ黒け」とは何の関係も無いかのように思えますが、実はそうではなく、「当然の結果」として、上手な子は決して汚さないのです。


何故でしょうか?


答えから言えばですね。

上手な子は「自分の動作が自分自身でちゃんと把握出来ている」からなのです。


汚す一番の原因である墨の付け方について考えてみます。

上手な子は墨を付ける時に決して無造作にドボンと付けたりはしません。

そんな事をしたら付け過ぎになってしまうという事がよく分かっているからです。

そして付け過ぎのまま書いたらどうなってしまうのかという事がよく分かっているからです。

つまり、ドボンと付けたりしたら真っ黒けになってしまうという事がよ〜く分かっているのです。

よ〜く分かっているからこそ、真っ黒けになったりしないように気を付けて墨を付けるのです。

至極当然の話です。


そもそも子供に書かせるよう課題の場合、適切な墨の量で書いてさえいれば、色々あちこち汚れたりなどしないはずなのですから。


ところが反対に、自分の手どころか筆でも机でも真っ黒けに汚しまくる子というのは、ちょっとでも目を離すと何度言っても無造作にドボンと付けて、明らかに付け過ぎのままグリグリ書いてしまいます(汗)

そんな調子ですから当然机にだって墨がはねまくりますし、書いた後で吸い取ろうとしてみたところで吸い取りきれるわけもなく、これまた当然の事ながら書いたものはデロデロの真っ黒け、手も筆も真っ黒け、更にはそんな手であちこち触るからそこら中真っ黒け、となってしまいます(汗)


これは

ドボンと付けたらどうなるのか、という事が分かっていない。

もしくは、分かってはいても(分かっているにも関わらず)、「真っ黒けにならないように」などとは考えない。

または、そもそも真っ黒けになる事を気にしない。

といった感じなのでしょうが、何れにしても、自分の動作とそれによって起こるであろう結果に対して極めて無頓着な状態です。

ついでに言えば、このような子の場合、墨の付いた筆を持ったまま平気であちこち向いたり立ち上がったり物を取ろうとしたりしますから、余計に色々汚しまくります(勘弁して〜っ!)


上手に書く子に話を戻しますが、上手に書く子というのはたとえそれが無意識であったとしても、いちいち言われなくとも適切な墨の量で書こうとしますから、結果として、自分が書いたものが汚れる事もありませんし、自分の手も筆も机も真っ黒けになどなりません。

ましてや墨の付いた筆を持ったまま色々やろうとする事などありませんよ。

つまり、自分の動作とそれによって起こるであろう結果がちゃんと認識把握出来ているのです。


この辺が出来ている子というのは必然的に、字を練習する際にも同様に行動しますから、、私に言われた「注意すべき点」をしっかり念頭に置いて、つまりは今から自分がやろうとしている動作について十分に認識した状態で書きます。

十分な認識の上に書いたものであれば、その結果についても自分自身で把握しやすいのは言うまでもありません。

ですから結局上達も早いというわけです。


そこで冒頭の

「上手な子は汚さない。」

という話になるんですね〜。


さて、ここまで至極当然に思える話をお馴染みの屁理屈として長々としてきましたが、実はここからが本題です。(前置き長っ!)

が、長くなり過ぎたので続きは次回に持ち越します。(お〜い)

早目にアップしますから。

それではまた。

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2011年09月16日

親切な先輩。その2

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前回

「先輩の話はあてにならない。」

というところまででしたね。


何故あてにならないのでしょうか?


確かにその先輩は誠実な親切心からあなたにアドバイスしているには違いないでしょう。

ですがその前に考えて下さい。

先輩の話の前にあなたが本当に耳を傾けるべきは先生の話のはずですよね。


先生というのは、これまでのあなたの学書の過程やその中での問題点について、その全てを見てきています。

全てを見てきた上で、様々な要素を考慮し、あなたの百歩先までを見越したその上で、今のあなたが次に踏み出すべき一歩の為に、今のあなたにとって最も重要な点について、「その時」を見計らって話をするのです。


百歩先まで見越した上では、

「今はその点については敢えて触れずにおく。」

という場合も少なくありません。

それがたとえどれ程今のあなた自身が気になっている点であったとしても、です。


ところが先輩にはその辺りの事情など当然の事ながら一切分かりません。

あなたの目の前にある枝葉末節な問題点について、対処療法的な話をするのがせいぜいでしょう。

そんな事をしてみても、あなたの問題点についての根本的な解決になどならないどころか、本来目を向けねばならない方向とは違った方向に、あなたの意識を誘導してしまう結果にすらなってしまうのです。


仮に先輩の話の内容が正しいものであったとしても、それが今のあなたにすべき話なのか否かは全くの別問題です。

話すべきタイミングを見誤ったアドバイスというのは、毒にこそなれ薬にはなりません。


適切なアドバイスをするというのは、只単に目前の疑問に答えれば良い、などというような単純な事ではないんですよ。


ですから結果として、

「先輩の話はあてにならない。」

という事になるのです。


但し、実際の場面に於いては、せっかくアドバイスしてくれる先輩の話をあからさまに無視するというわけにもいきませんよね(笑)

相手は誠実な親切心からアドバイスしてくれているのですから、それに対し「ありがた迷惑です」とは言えなくて当然ですし、ましてや相手は先輩なのですから、言ってしまっては非礼にもなり角も立ちます。(この辺は良くも悪くもいかにも日本人的な感覚なのかもしれませんが。)

大人の態度としては、先輩の御気持ちだけは有り難くお受けして、話の内容については気に止めない、というのが宜しいのではないかと思います。


何だか面倒ですね(苦笑)


今回の話、私の立場から見ても実に面倒で厄介です。

実際のところ教室で今回の話のような場面に遭遇するのは珍しい事ではありません。(だからこそ記事にしたのですから。)

親切な先輩さんが後輩さんにアドバイスしているのが私の耳にも入ってきます。

私としては

「こらこらっ!余計な事を吹き込んじゃダメッ!」

と思うのですが、当の先輩さんにはやっぱり言いづらいんですよ。

教室には、私がこの仕事を始めるずっと前から通っているような、私にとっても文字通り「先輩」にあたる人達が何人もいますので、その人達に対してとなると尚更言いづらいんですね〜(苦笑)

アドバイスの内容に余りにも問題があるような時には、アドバイスした側(先輩)ではなく、された側(後輩)に、こっそり話をしてアドバイスによる意識の偏りを修正しておく事にしています。

このブログでは言いたい放題の私ですが、実際の教室ではこれでもあれやこれやと気を遣って大変なのです(苦笑)


話が逸れかけてきたようなので、今回はここまで。

それではまた。



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2011年09月15日

親切な先輩

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このブログではよくある事ですが、今回の話は恐らくこれまでにも似たような話をしてきたかもしれません。

本来なら内容が重複しないように過去の記事をきちんと読み返してみるべきなのですが…

「はっきり言ってとてつもなく面倒臭〜い!」

という一身上の都合により、

「この話、この記事にあったよ。」

といった有難い御指摘はこの際一切受け付けません(笑)


さて、皆さんの中には何処かの書道教室に通って書を学んでいる方も少なくないと思いますが、今回はそういった方達に特に覚えておいて欲しい話です。


教室もある程度の期間通っていると、当然の事ながら顔見知りも出来てくるでしょうし、その中にはあなたよりもずっと以前からその教室に通っている所謂「先輩」もいるかもしれませんね。

先輩はあなたよりも書の経験が長いだけにあなたが知らないような事も色々知っているようですし、先輩の書いたものを見るとあなたはいつも

「先輩さすがだなぁ…今の私にはとてもじゃないけど書けないな。」

「いつかは自分もあんな風に書けるようになりたい。」

と感じます。


その先輩は優しく気さくな人で、先輩の方から色々と話かけてくれます。

そして時には書に関するアドバイスもしてくれるのです。

あなたは先輩のアドバイスに「なるほどねぇ」と感心しきり、「さすが先輩、勉強になりました。」と思うのでした。


って、ちょっと待った!!

駄目ダメ!ぜ〜ったいダメ!


駄目ですよ。

先輩のアドバイスに耳を傾けたりしたら。


「え〜っ!?何で〜?」

と思うかもしれません。

でも理由は至極はっきりしています。

「先輩の言う事はあてにならない」からですよ。


何故あてにならないのか?

別に「先輩は優しく見えて本当は意地悪で嘘つきだから」なんて話ではありません。


長くなりそうなので続きは次回に。

それではまた。

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2011年09月12日

ひとりごと

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毎日を丁寧に生きる。

言葉にするのは簡単ですが、いざ本当に実践しようと思うと、とても難しいですよね。


様々な現実に忙殺され、種々の雑多な用件に押し潰さながら、その日1日を何とかこなすだけ。

と言うよりも忙殺されている事を言い訳にして、何とかこなすだけの雑な日々に流されるように過ごしてしまっている、と言った方が正直かもしれません。


その結果、

「また今日も何となく終わっちゃったなぁ…いかんよなぁ…」

という自責の念に苛まれる事になります。


色々な意味で中途半端な自分の現状に嫌気がさし、

「このままじゃいかんよなぁ…何とかしないと…」

と、気持ちばかりは焦ってみるものの、様々な現実に忙殺され…

と、見事なまでの悪循環。


私のような仕事は特に仕事と生活のメリハリが付けにくいので、一度この悪循環に陥ると、それこそ四六時中

「何とかしなくちゃ…」

といった強烈な焦燥感に追い立てられ続ける事になりがちです。

意識の歯車に砂が噛んだような感覚に苦しめられ、正直なところ、仕事のクオリティを維持する事が出来ません。


そんな悪循環から抜け出すには、自分自身の意思で重い腰を上げ、目の前にある今の自分にも出来そうな事から、ほんの少しずつでも始めてみる、という余りにも当たり前な方法以外にはないのでしょうね。(ホントはもう一つ、「全てを放り出す」という方法もあるのでしょうが、とりあえず今は却下です。)


このブログでも時々書きましたが、私は元来怠け者です(笑)

今の私にはワーカホリックじみたところが少なくありませんが、怠け者がワーカホリックになったところで、根が怠け者なのですからその程度などたかが知れています。

しかも子供の時から、あれこれ考えるばかりで二の足を踏んでなかなか行動に移す事が出来ず、そのくせ自分のペースを崩される事を極度に嫌うといった厄介な性分です。

尤も自分のペースを崩される事が好きな人などいないわけで、その意味では私はやはり甘えているのでしょう。


いっその事、更に心身共に自分を追い詰めてしまえば、嫌でも歯を喰い縛るより仕方が無くなるのは分かっています。

分かってはいるのですが、そんな方法もとうに限界を越えてしまっている感じで、最近ではなかなか上手くいきません。


さぁ、どうしましょ?(苦笑)


1日24時間、これは誰にも等しい事実です。

24時間を増やすわけにはいかないのですから、あとはその内容を濃くしていくしかありません。

もっと贅肉を削ぎ落としたような24時間を目指さなければなりません。


私はいつも安易に睡眠時間を削る事で時間を捻出しようとしてしまうのですが、決して褒められた話ではありませんね。

慢性的な睡眠不足が心身の疲労を蓄積させ、それが仕事の効率の低下を引き起こし、結果、仕事が片付かないので更に睡眠時間を削ってこなす事になり、睡眠不足が上乗せされて、という、これまた見事なまでの悪循環です。


改めて日々の時間の使い方について省みると、反省すべき点が幾つも見付かります。

悪循環の鎖を断ち切る為に、この辺でどうにかしなければなりません。


丁寧に生きる為に。


今夜は十五夜です。

秋の夜長、自分の時間の使い方をじっくり見直してみるのも良いかもしれませんね。


ところで、どなたか毎晩の献立、私の代わりに考えて頂けませんか?(午前中のうちに作りおきしておけるメニュー限定)

それではまた。

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2011年08月30日

そりゃあ凄い。

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「あなたも2年でバイオリンの先生になれます!」

こんな謳い文句の音楽教室があったとしたら、皆さんどう思いますか?


は?

私ですか?


そうですねぇ…

「そりゃあ凄い。さぞかし立派な先生になるんでしょうなぁ。凄いスゴい。」

といったところでしょうか(笑)


これまでこのブログでは度々、書の技術修得を楽器演奏の技術修得に例えて話してきましたね。

そこでですね。

先程の謳い文句、バイオリンを「書道」に、先生を「師範」に置き換えてみましょう。


これまでこのブログを読んできた皆さんなら、私が何を言いたいのか、もうお分かりですよね(笑)


この辺りの話、このブログを開設した当初から、いつかは書かなければならないと思いつつ、どうにも気が進まず、ついつい先延ばしにしてきたものでした。

今回ようやく書く気にはなったものの、いつもの調子で皮肉てんこ盛りにあれやこれやと書き連ねる気にもなれず、困った挙げ句、話を濁したまま後は読者の皆さんの判断に委ねる事にしました。(ズルいでしょ。)


さんざん先延ばしにしてきた末でのこの体たらく。

いつも偉そうに語り倒してきた勢いは何処へ。

う〜ん…

疲れてるし、まぁいいか。


というわけで今回はここまで。

それではまた。

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2011年08月28日

違和感

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随分と久しぶりのアップです。

書くネタが尽きてしまったわけでもなければ、このブログを続ける気が無くなってしまったわけでもありませんでしたが、少々疲れてしまった、という感じでしょうか。

「何に?」

と訊かれても答えに困るのですが、

「どんよりと暗〜く重〜くのしかかった疲労感で思ったように動けない。」

と、まぁ、そんな感じです。


アップをさぼっていた言い訳はこのくらいにして、そろそろ本題です。


私には以前から違和感を感じる言葉があります。


「漢字と仮名とでは筆使いが違う。」

という説明の仕方です。


皆さんも一度くらい聞いた事があるのではないでしょうか。

確かに漢字と仮名とでは筆使いが違います。

違うのですが、学書の過程(ここが肝心)で言えば、例えば話を臨書(先生の手本でも同じ話)で考えた場合、目の前の線を再現しようとするという意味に於いては、

「目の前にある線の通りの筆使い」

という以外にはなり得ないわけで、漢字も仮名もないと思いますし、そうすると漢字だからとか仮名だからとかいった区別は大した意味を持たないように思えてならないのです。


だって考えてもみて下さい。

漢字と仮名とでは違うと言っても、例えば同じ漢字で、しかも同じ楷書でも、歐陽詢と顔真卿とではやはりその筆使いは全く違うではありませんか。(共通項も勿論ありますが)


仮名だってそうです。

『高野切』の第一、ニ、三種を見ても、やはりその筆使いはそれぞれ違います。(これまた共通項はたくさんありますが)


それを十把一絡げに

「漢字はこう。仮名はこう。」

と言うのでは余りに乱暴でしょう。


それから、「漢字と仮名とでは違う」というのは確かに事実ではありますが、と同時に、共通項がたくさんあるのもまた事実です。

まぁ、楷書と仮名とでは余りにも対比が極端ですが、それでも共通項を見出だす事は十分可能ですし、行草と仮名という話になれば、ここでいちいち言うまでも無いでしょう。


つまりですね。

学書に際して(特に初学者の場合そうですが)

「漢字だから。」

「仮名だから。」

というような意識の持ち方はしない方が良いのではないかと思うのです。


尤も、現実的な事を言えば、皆さんが何処かの教室に通っているのだとすると、その先生は大抵の場合漢字か仮名の何れかが「専門」だったりしますので、漢字専門の先生は話が漢字寄りに、仮名の先生は話が仮名寄りになるのは当然だとは思います。

しかしその事と今回の事とは話が別です。


とにかく目の前にある線に対して、それを再現するにはどのような筆使いをすべきなのか、只それだけを意識し続けてさえいれば、結果としてそれがいつの間にか「漢字の筆使い」「仮名の筆使い」となっていくのだと思うのです。

「つまりは話の順序が反対なだけじゃないか」

と思われるかもしれませんが、偏った固定観念を抱いてしまわない為にも、この意識の捉え方の順序は大切な事だと私には思えます。


今回の話はどちらかと言うと、学ぶ側よりも教える側の問題なのかもしれません。

このブログの読者の中に、教えている人数的規模や内容的程度は別として、「先生」と呼ばれる立場の人がいるのかどうかは分かりませんが、もしもいらっしゃるのでしたら、今回の話、少しでも考えてみて頂ければと思います。


漢字が専門で

「仮名なんて『高野切第三種』を少しだけ」

とか、仮名が専門で

「漢字なんて『九成宮醴泉銘』と『集字聖教序』を少しだけ」

とか、そんな感じの「先生」は、特によくよく考えてみて下さい。

以前にも書きましたが、安易な刷り込みをされて困るのは学ぶ側なのですから。


というわけで、久しぶりにアップしたかと思えばやっぱり随分と皮肉っぽい内容になってしまいましたね(苦笑)

今回はここまで。

それではまた。

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2011年05月22日

考えてみれば単純な字間の話。

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今回の話は前回何となく保留にして終わってしまった字間についてもう少し考えてみましょう。

具体的には字間が詰まり過ぎてしまうという状況について考えてみます。

内容的には前回の右上がり不足の話と非常に近い部分がありますから、前回を未読の方は先にそちらをお読み下さい。


とりあえず分かりやすい例として漢数字の「十」という字を挙げてみます。

「十」は横画から書きますが、その入筆位置が問題です。

先ず1画目横画を書いたとして、次の2画目縦画の入筆位置は当然の事ながら1画目横画の入筆位置よりも高くなりますよね。

そしてその縦画の入筆位置が「十」の外形で最も高い位置にもなります。

つまり、2画目縦画の入筆位置が、上の字との字間を決定する事になります。

話にすると何だかやけにややこしいですが、要は1画目横画の入筆位置が高過ぎると、2画目縦画を書こうとした時に、否応なしに上の字との字間が詰まってしまうのです。

つまり、1画目横画の入筆位置を決める時、2画目縦画の入筆位置と、更には上の字との字間をしっかり見越した上で、十分に下がった位置に入筆しなければならないのです。


ここまでの話を読んで

「当たり前でしょ。」

と思う人は少なくないのかもしれませんが、「十」なら当たり前と思えても、全ての字に於いても同様に「当たり前」として済ませられますか?


今回の問題が起きるのは、1画目入筆位置以外の部分が、その字の外形で最も高い位置になる字の場合です。


例えば「時」では、外形で1番高い位置になるのは旁の「寺」部分の2画目にあたる縦画の入筆位置ですが、ここでもやはりその位置をしっかり見越した上で、偏の「日」の1画目縦画の入筆位置が決められるかどうか、という話です。

偏と旁で構成されていて、1画目入筆位置よりも旁の最上部の位置の方が高いような字の場合、今回の問題は初学者でなくとも極めて頻繁に起こります。

偏と旁で構成されていなくとも、いくらでも例は挙げられますが、それこそキリがないので後は自分で考えてみて下さい。


今回の話も結局は前回の右上がり不足の場合と同様に、「書く前に」書き上がった字の全体像をしっかりとイメージせずに、何となく書き始めてしまう事がそもそもの原因ですね。


ところで今回の問題、手本を見ながら書く場合にはもう1つ、もっと単純な問題があります。
初学者には多いでしょうが、例えば半紙に6文字大で書く時に、手本も最初から半紙6文字大になっていて、そのままの大きさで書けば良いようになっている場合を考えてみて下さい。

今回の字間の問題を難しくややこしく考えたりする前に、すぐ隣に置いた手本の入筆位置と全く同じ高さに入筆すれば良いはずですよね。


ところがですね。

この単純な事が出来ない人が実に多いんです。


自分の場合を思い返してみて下さい。

大丈夫ですか?

ホントに大丈夫ですか?(笑)


これなどは「書く前に」よく手本を確認しておけば済む事の典型です。

初学者の場合、手本をよく見ているつもりでいても、実際にはただ見ているだけでなかなか本当の意味では見えていないものなのですが、「見えていない」というよりも「気付かない」という方が妥当かもしれません。

何れにしても、今よりもほんの少しだけ注意すれば気付く事が出来る部分というのもたくさんあるはずでし、その為にもいつもお話しする「書く前の意識」の密度を高める心構えが必要なのだと思います。

皆さん、しつこいようですが「書く前に」ですよ。

今回はここまで。

それではまた。

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初めてこのブログを読まれた方へ。

いらっしゃいませ。

あれこれ思いつくままに書いているので、書道独特の専門用語や人名などの固有名詞に関しては、その都度解説を付ける事はしていません。

初心者の方や学び始める以前の方には難解な部分も多かったかもしれませんが、お許し下さい。


「一言書いてみたいんだけど、みんなに読まれてしまうコメントに書くのは何だか気が引ける・・・」

という方や、

「何だか下手な事を書いたら説教されそう・・・」

という方、また、通信添削について御質問のある方は、下記のアドレスまで御意見御質問をお送り下さい。

誹謗中傷を目的としたような常識に反するもの以外、お返事させていただきます。

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定期的にアップ出来ているわけではありませんが(正直言ってサボりがちです)、よろしかったらまた覗きにいらして下さい。

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2011年05月18日

右上がりあれこれ。その3

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今回は右上がりについて。

右上がりについては以前も書いた事がありますが、今回は少し視点を変えて、

「右上がりに書きたいのに書けない」

という場合の、ある1つの原因について考えてみたいと思います。

結論から言えば、

「上がる為には下がっておく。」

という事になるのですが、これだけでは何の事だか分からないでしょうから、もう少し説明してみましょう。


これを見て下さい。

『書譜』から「間」という文字を採りました。

『書譜』「間」

見ての通り1画目が右上がりになっていますね。

これを例えば半紙に6文字大で書く場合の1文字目に書いたとします。


その時、右上がりに書こうとしたのに思った程に右上がりにならずに水平に近い角度になってしまう人がいます。

今、「思った程に」と書きましたが、実際には本人はその事を自覚出来ていない場合が殆んどかもしれません。

とにかく右上がりにならなかったとしましょう。

この原因としてよく見られるのが、1画目の入筆位置が「高過ぎる」というパターンです。

入筆位置が高過ぎると、そこから更に右上がりにしようと思っても、半紙上部の余白が狭くなり過ぎるように感じてしまうのでしょう。

結果として、右上がりに出来ずに終わってしまいます。

これは何も1文字目に限った話ではなく、何処でも全く同じなのですが、例えば2文字目以降に書く場合、入筆位置が高過ぎてしまうと、上の字との字間が狭くなり過ぎてしまうか、上の字にぶつかってしまうか、といった事になり、それを避けたいが為に、やはり右上がりに出来なくなってしまうのです。

つまり、右上がりにする為には、先ず入筆位置をしっかりと下げておく必要があるのです。

低い位置に入筆するからこそ、右上がりに出来るのですから。

特に2文字目以降の場合、入筆位置を下げるというのは、皆さん字間が広くなり過ぎてしまうように感じてしまうようで、なかなか思い切って下げる事が出来ません。

この問題の元々の原因を更に辿れば、1文字書き上がった時の全体像をしっかりイメージしないままに入筆してしまうからこそ、上が詰まってしまうのですが、とにかく、しっかり上がる為にはしっかり下がっておかなければなりません。

これが足らないと、右上がりになりきれなかった部分に押し下げられる形で、その字全体の右上がりが足らない、という結果になります。


先ずは横画の例から見てもらいましたが、次はこれです。

これもやはり『書譜』から「落」を採りました。

『書譜』「落」

この最初の2画、草冠の一部分ですが、この1画目でも全く同様の事が起こります。

つまり、1画目の位置を思い切って下げておかないと、2画目の位置をそれより高く出来なくなってしまうのです。


次はこれです。

『高野切第三種』「ふりけるを」

『高野切第三種』から「ふりけるを」の部分です。

これは厳密には右上がりとは少し違う話かもしれませんが、字間が詰まってしまうという意味では全く同じ状況です。

この場合、「ふ」から「り(利)」、「り(利)」から「け」、「け」から「る」、「る」から「を」へとそれぞれ連綿させる時、その連綿が短いと、つまりは下がり方が足らないと、結果として書き上がった時に上との字間が詰まってしまうのです。

1行臨書してみたら、書き終わった位置が原帖より高い位置で終わってしまった、というような場合、殆んどがこのパターンでしょう。


字間が詰まってしまうというパターンについては他にも色々あるのですが、今回のテーマからどんどん外れていってしまいそうなので、それについてはまた改めて。


今回紹介した何れのパターンもよく見られるものですから、皆さんも自分の書いたものを見直してみて下さいね。

今日はここまで。

それではまた。


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2011年05月15日

縦書きについて

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以前このようなコメントを頂きました。


「縦書きの起源について調べたんですが、納得できる説明が見当たりません。先生は縦書きについて何か考察を持っていらっしゃいますか?」


この御質問に対し、私は極めて簡略に以下のように回答しました。


「早速ですが、物理的な問題ではないかと思います。

甲骨文字の殷代まで遡った時、亀甲や獣骨に文章(文字ではなく文章)を刻む際、卜占の内容上から左右対象に刻む事も多く行われましたが、亀甲の場合特に、見た目に左右対象とするには亀甲自体を縦向きにした方が理に適っていますし、縦にして縦書きする方が行を長く使えるという意味からも適していたでしょうから。

私見としては、甲骨文字や西周金文の時点ではまだ文字(文章ではなく文字)そのものの造形に縦書きを志向する姿をはっきりと見る事は出来ませんので、文字そのもののから縦書きの起源を考えるには少々無理があるかと思います。」


してはみたのですが、簡略に過ぎたのか、その後の御意見を頂けなかったので、納得して頂けたのかどうかが分かりません。


その後、自分でも気になり少しネットで調べてみたりもしたのですが、確かにどうにも納得しきれない説明ばかりです。

そこで、もう一度ここで私見をまとめておく事にしました。


ここでは主として中国の甲骨文と、比較対象として古代エジプトのヒエログリフを扱いますが(古代エジプト文字については私は完全に素人ですが)、先ず前提として、どちらの場合も、単体の文字そのものに縦書きもしくは横書きを志向する部分は無かったと言ってよいと思います。

それはどちらも縦書き横書き両方の表記が可能であることからも分かります。


縦書きか横書きかという問題は、当然の事ながら文字単体では起こり得ません。

文字が創造されていく過程に於いて、語彙化、更には文章化された状態での表記は、文字単体の創造よりも最初こそ一歩遅れたかもしれませんが、次第に同時進行的に進められるようになっていったと思われます。

但し、その時点では縦書き横書きどちらにもなり得る可能性があった筈です。


結果として甲骨文は縦書きが、ヒエログリフは横書きが定着するのですが、縦書きか横書きか、これは2つの問題に起因すると思われます。

先ずは文字を刻む対象物です。


ヒエログリフのように壁面や棺に刻まれる場合、特に壁面の場合には、それが長文であればあるほど、縦に並べるよりも横に並べる方が刻むのに楽になります。(実際、初期の短文の場合、縦書きの例も多く見られる。)

横に並べるのであれば、刻む人間は同じ高さのまま横に移動していけば済むのですから。

文字の大きさが甲骨文と比較して遥かに大きい(と言うよりも、甲骨文が極めて小さい)事も無関係ではないでしょう。

両者では文字を刻む際の肉体的な動作が全く異なりますから、ヒエログリフの場合、作業として合理的な方法が考慮された度合いも、甲骨文の場合以上に高かったかもしれません。

当時文字を扱う事の出来る人間は極めて限られた者であったでしょうが(これは甲骨文の場合も同様)、仮に刻まれたものを「読む」という視点に立った場合にも、横に並べる方が(視線の高さを変えずに済むから)読み易いと判断されたとしても不思議ではありません。


棺の場合には、その外形を考えるとその側面は言うまでもなく横長ですから、そこに文字を並べようとした場合、外形に即した形で横に並べるというのは極めて自然な感覚に思えます。

これらの合理性が、いつしかヒエログリフの横書きを定着化させるきっかけになったのではないでしょうか。

つまり、対象物に依存する形で横書きが選択されたのではないかと思うのです。(碑版に横書きされたものは、既に横書きがある程度定着化した後ではないかと思います。)


今回の主題である甲骨文の場合、もう少し事情は複雑なように思います。

2つ目の問題である、文章の内容という要因が絡んでいるからです。

甲骨文による文章は、卜占をその目的としましたが、その際、内容的に肯定的なものと、それと対称させる否定的なものと、その両方が刻まれる場合が少なくありませんでした。

この内容的な対称性を視覚的にも実現しようとした時、文章を刻む対象物である亀甲自体を縦向きにして、その中心線の右と左に対称的な内容を刻み分ける、という方法は実に必然的な感覚と言えるでしょうし、今で言う「行」の長さを有効的に使おうとするならば、縦向きにした亀甲に対しては文字を縦に並べる方が理に適っています。

何故なら亀甲自体を縦に向けたら縦長になるのですから。


つまり、甲骨文の場合(具体的には亀甲の場合)、その内容と刻む対象物という2つの要因に即した方法を採ったら、それが縦書きだったという事なのではないでしょうか。

その方法を繰り返すうちに、次第にそれが定着化していったのではないかと私は考えています。


因みにこの内容的対称性に即した視覚的対称性は、獣骨の場合には見られません。

獣骨自体が左右対称形ではないからです。


中国文字の縦書きの起源として木簡や竹簡の使用を挙げて説明しているものがありますが、木簡や竹簡が記録媒体として本格的に使用されるようになるのは、縦書きが既に完全に定着化した後と考えられるので、それを起源の理由とするのはおかしいと思います。

それでは殷代青銅器銘文が既に縦書きである事の説明がつきません。

甲骨文の草稿として既に木簡や竹簡が使用されていたという見解もありますが、「木簡や竹簡を手にして書こうとすると、縦向きの方が安定するから。」という理由で縦書きの起源を説明しているのも今一つ納得出来ません。

何も不安定になる手に持って書かずに、置いて書けば縦でも横でも書けたはずなのですから。


言うまでもなく、草書や行書は縦書きが完全に定着化した後に発生した書体ですから、造形そのものに縦書きを強く志向する面を持っていますし(つまり、縦書きしやすいように造形されている)、中国で縦書きが完全に定着化した後にそれらを輸入する形で文字を手にした日本人が、最初から縦書きを主体としたのも当然の結果だったと言えるでしょう。

日本人の生み出した仮名が、完全に縦書きの為の文字造形をとっている事も、それが草書体から生まれた事を考えれば至極当然です。

「連綿させたいから縦書き」

なのではなく、縦書きだったからこそ、仮名は連綿性が極めて強くなったのです。

これは身近な例ではアルファベットの筆記体が横書きを前提に横への志向を強めた造形になっているのと同じ事ですね。


と、ここまで色々と考えてきましたが、実際のところ最初は深い考えがあったのではないと思います。

偶然そうなった、と言っては乱暴に過ぎますが、その偶然に私なりの理屈を付けてみたのが今回の話です。

縦書きの起源について本格的に考察するには、初期楔形文字が縦書きされていた理由を解明しなければならないのでしょうが、門外漢の私には正直荷が重過ぎます。

ですから、今回はあくまで甲骨文を中心に考えてみました。

完全な私見ではありますが、御質問頂いた方に御一考頂けたらと思いますし(その方が再度このブログを読んで下さる可能性は低いのかもしれませんが。)、皆さんの御意見も御伺いしたいと思っています。

私が不勉強で無知なだけで、既に確固たる説が存在するのでしたら、御教示頂けましたら幸いです。

実は縦書き横書きの問題の他に、「右から左に書くか、左から右に書くか」という問題もあるのですが、それにはまた別に一考察しなければなりませんので、またいつの日か、書く気になったら書いてみたいと思いますが、暫くの間はこの手の真面目な問題は書く気がしそうにありません(笑)


今回はこれまで。

真面目な内容は書いていて疲れます(笑)

それではまた。

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