2009年07月27日

手間暇。その2

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早速前回の続きです。

「磨けば光りそう」な石を手に入れる事が出来たとして、次は実際に「磨く」行程に入るわけですが、自分で石をピカピカにまで磨き上げる為のポイントとは何でしょうか?


これには一つしかありません。

そうです。

「手間暇をかける。」

という事です。


特別な難しい技術など何も必要ありませんが、手間隙だけは絶対的に必要で、それを惜しんでいてはピカピカにはなってくれません。


ではもう少し具体的に、どのように手間暇をかければよいのでしょうか。


私は基本的には磨く為に耐水ペーパーを使用しています。

耐水ペーパーとは、簡単に言うと、水で濡らして使える紙やすりの事ですね。

篆刻をやっている人なら、印面を整える為に使いますから既に持っているでしょう。

その場合、耐水ペーパーではなく普通の紙やすりかもしれませんが、濡らしながら研磨する方が滑らかにいくので、私は耐水ペーパーを使用しています。

そしてこの耐水ペーパー、数種類の番手を用意しています。

因みに私が使っているのは#240、#800、#1200、#1500、#2000、#3000です。(番手の数が大きい程細かい。)

#1500くらいまでなら、ホームセンター等で簡単に手に入る筈ですが、それ以上細かいものは店頭には無い場合もあるかもしれません。(その場合は取り寄せ注文ですね。)


#240はかなり粗いですから、篆刻では刻してある印面を潰す時くらいにしか使いませんが、ここでは自分で切り出した石のおおよその形を整えるのに使います。


後はとにかく順番に細かい番手にしながら、ひたすら磨いていくわけです。

但し、「磨く」とは言っても、実際には削っているわけですからその事を忘れてはいけません。

#1500くらいまでは、「磨く」というよりも「形を整える」「傷を消す」という意味合いの方が強いと思って良いでしょうね。


因みに、磨いた石の印面にその後で実際に何か刻しようと思っている場合、この辺りの段階で先に刻してしまった方が良いと思います。

何故なら、ホントにピカピカにまで仕上げてから刻そうとすると、せっかく苦労して磨き上げたのに、刻する時に出る石の破片等で知らないうちに傷を付けてそれまで磨き上げた苦労を台無しにしてしまう危険性があるからです。


さて、#2000くらいからが本当の意味で「磨く」という感覚に入っていくわけですが、この時に大切な事は、

「とにかく気長に丁寧に。」

という事でしょう。

かなり面倒な作業ですから、ついつい

「まぁ、この程度でいいか。次の番手に進もう。」

と考えてしまいがちになるのですが、この時点で既に研磨剤の粒子はかなり細かいものになっていますから、今使っている番手で出来る限りの事をしておかないと、更に細かい番手になってから、「まぁいいか。」と妥協した部分の出来を取り戻す事など、到底出来る話ではありません。

今の番手で可能な限りの事をしておいてから、更に細かい番手に進むようにしましょう。


さて、そうして無事に#3000までの行程が終わったとします。

この時点でもかなりキレイになっている筈ですが、本当のホントに「磨く」にはこれから先こそが本番です。

その為には先ず、研磨するものを入手しなければなりませんが、これがなかなか難しい。

私は超精密研磨フィルムというものを使っていて、これだと番手が#15000くらいまでのものがホームセンターでも入手可能です。(無い場合にはこれまた取り寄せ注文になりますが。)

これも耐水ペーパーと同様に水で濡らしながら研磨出来るものですが、余りにも粒子が細かいので、使っていても果たしてホントに磨けているのかどうか、#10000以上になるとその実感は殆んどありません(笑)


実は以前は超微粒子の研磨パウダーというものを使っていました。

当時の弟子の一人が見付けて買ってきてくれたのです。

番手で言うと最微で#30000!

ここまでくると、触ってみても只の粉にしか思えません(笑)

これを使うと正に鏡面仕上げ。

信じられない程の仕上がりになるのですが、数年前の引っ越しの際に紛失してしまい、そのまま行方不明になってしまいました(泣)

しかも、引っ越しの前にその弟子が教室を辞めてしまっていて、何処で買ったのかを訊いておかなかったものですから、更には製品名もメーカーも分からず、買い直そうにも買えずに今に至ります。(今更辞めた弟子に電話して訊くのもさすがに気まずいでしょう(苦笑))

ネットで色々探してはいるのですが、「これだ!」という製品は見付からず、それで現在では仕方無く、研磨フィルムで我慢しているのです。

それでもかなり満足のいく仕上がりまで出来るので、興味のある人は研磨フィルムを試してみて下さい。

それから研磨パウダーについて、何か御存知の方は教えて頂けると嬉しいです。


「車のキズ消しとかで使う液体のコンパウンドではダメ?」

と思うかもしれませんが、コンパウンドの溶剤の成分と石との相性によっては、石の半透明性を濁らせてしまう可能性が無いわけではありませんので、念の為ここではお薦めしません。


さて、これから先は最終段階の磨きですから、これまで以上に丁寧に、じっくりと、念入りに「手間隙」をかけて磨いていかなくてはなりません。

それこそ極めて微細な粒子での研磨ですから、慌てて結果を求めてみても、そう簡単にはいきません。

とにかく慌てず焦らず根気良くいく事が、結果として一番の近道になりますから、頑張りましょう。


とまぁ、ここまで順を追って磨いてきましたが。

さぁ、どうですか?

最初の状態とは比較にならないくらいにピカピカになったはずです。

自分で手間暇かけたものが信じられない程にピカピカになってくれると、とても嬉しいですよ。


先述のパウダーを買ってきてくれた弟子は、私が石を磨き上げたと聞くといつも我先にと買い求めてコレクションしていましたが(恐らく20〜30個くらいは集まっていたのではないかと思います。)、これも言ってみればコレクションしたくなる程にキレイになるという一つの証です。


「えっ?せっかく手間暇かけて磨き上げたのに売っちゃうの?」

と思われるかもしれませんが、私は磨き上げる行程自体が楽しく、磨き上げたものが素晴らしくピカピカになる事が嬉しいから磨くのであって、自分でコレクションする為に磨いているのではありません。

元々は注文を受けた雅印の石の見映えを整える為に始めた事でしたが、それが段々とエスカレートしていったもので、今回掲載した石も、教室で希望者がいれば売ってしまうつもりです。


あ、ですからもしも欲しいという方がいましたら、お売りしますのでメールでお問い合わせ下さい。

因みに今回掲載した石は小さいのでどちらの石も1万円です。(この値段を高いと思うか安いと思うかは人それぞれでしょうね(笑))

印材1-1 印材1-2 印材1-3
印材1


印材2-1 印材2-2 印材2-3
印材2


妙な話をするようですが、思えば私は子供の頃から「ヤスリがけ」が好きでした。

父の日曜大工(今で言うDIYですね)で出た木材の切れ端をもらっては、紙やすりをかけて遊んでいたのを思い出します。

最初はザラザラだった木片が、やすりをかける程にツルツルになっていくのが嬉しくて、角材の面取りが滑らかに出来た時などには更に乾いた布でせっせとこすってツヤを出しては喜んでいました。

我ながら変な子供だと思います(笑)

自分自身で手間暇をかけた分だけ、その結果が目の前にはっきりとした形で現れる、というのが子供心にも嬉しかったのでしょう。


でも実はそれって、書も全く同じだと思うのです。

もっとも書の場合には磨き上げるのは石ではなく自分自身の腕ですが。


書も、手間暇をかけた分だけ必ず結果は出てくれます。

もしも結果が思うように出ないように感じるとしたら、それはその時に使うべき番手ではないもので磨いて(磨いているつもりになって)いるか、かけた手間暇が足らないか、そのどちらかという事でしょう。

まだ表面がザラザラな時に、事を急いで細かい番手で磨こうとしてみてもピカピカになどなってくれませんし、適切な番手を選んでいたとしても、ピカピカになるまでにはそれ相当の時間がかかります。

つまり、間違った磨き上げ方をしている場合やかける手間暇が足らない場合にも、やはりその通りの過不足の無い結果が出ているのです。


この最も基本的な事実から目をそらしていたのでは、絶対に自分の望んだ通りの結果は出てくれません。

絶対に、です。


と、最後は半ば無理矢理に書に話をもっていきましたが(笑)、難しい話は抜きにして、皆さんも一度、石を磨いてみては如何ですか?

それではまた。

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いらっしゃいませ。

あれこれ思いつくままに書いているので、書道独特の専門用語や人名などの固有名詞に関しては、その都度解説を付ける事はしていません。

初心者の方や学び始める以前の方には難解な部分も多かったかもしれませんが、お許し下さい。


「一言書いてみたいんだけど、みんなに読まれてしまうコメントに書くのは何だか気が引ける・・・」

という方や、

「何だか下手な事を書いたら説教されそう・・・」

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2009年07月26日

手間暇

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今回はちょっと趣向を変えた話をしましょう。


皆さん、印材って知ってますか?

「知ってるよ、そんなの。」

という人も多いでしょうが、一言で言えば、篆刻で使う石の事です。

つまりはこれに字を刻するわけですね。


この印材、書道用品店で簡単に入手出来るものですが、問題はその質です。

正にピンからキリまで、これ程までに幅のあるものもなかなか無いのではないか、というくらいに違います。

もっと端的に言えば、その値段の幅が恐ろしい程に(笑)あるのです。


最も入手しやすいのは青田石などの練習用で、安い店なら例えば2センチ角のもので一本百数十円という感じでしょう。

便宜上、練習用とは言いましたが、練習にしか使えないという意味ではありませんし、実際にはそれで大抵の場合には事足りてしまいますから、篆刻をやっている人にとっては、この辺りが最も馴染み深い印材の筈です。


その一方で、大きさは全くでありながら、一本数十万円だの数百万円だのという石が存在するのも事実です。


何がそんなに違うのかって?

美しいんですよ、信じられないくらい。


どれ程美しいものなのか、実物は見た事が無い人でも、写真でなら見た事があるかもしれませんね。

正に玉石、宝石です。

当然美しい分だけ希少になりますから、値段も高くなるわけです。


そういった美しい(高〜〜い)石は刻しても刻し易いそうですが、正直言って私にはそんな石に刻した経験などありませんので(笑)、実際にはどうなのかについて私が偉そうな事を言うのはフェアではないでしょう。

そもそも私のような庶民には、そんな石にはとてもではありませんが手が出ません。


そこで今回の提案です。

お金をかける事が出来ない代わりに、手間暇をかけてみる、というのはどうでしょうか?

因みに、「いくらでもお金をかけられる」という人には申し訳ありませんが、そういう人はこの先を読んでも意味が無いので読まないで下さい(笑)


印材1-1
印材1-1


印材2-1
印材2-1


これ、私の手元にある印材です。

なかなかキレイでしょ?

どちらも自分で手間暇をかけて磨き上げたものです。

自分でこんなにキレイにする事が出来たら嬉しいと思いませんか?


せっかくなので他の角度の写真も見て下さい。

それぞれの画像をクリックすると大きいサイズで見られます。

印材1-2 印材1-3 印材2-2 印材2-3

印材1-2       印材1-3       印材2-1        印材2-3


因みに1-3と2-3は大きさの比較の為に、500円玉の上に乗せてみました。

言うまでもないでしょうが、1-1・1-2・1-3は同じ石、2-1・2-2・2-3は同じ石です。


何でこんな写真を載せたかと言うとですね。

元からこのようにキレイであれば勿論それはそれで嬉しいでしょうが、今回は、それを自分自身の手でやってみよう、というお話です。


「え〜?ホントに出来るの〜?」

って、出来ますよ(笑)

私にだって出来るんですから。


さて、それでは実際に自分で磨くとして、先ずは何より磨こうとする石を手に入れなければなりませんが、困った事に、磨く手間暇をかけるに値するような「1本まるごと綺麗な石」など、そうそう見付かりません。

そもそもそんな石は高いわけですから、今回の話の対象外です。

しかし「キレイな石は高い」という事は逆に言えば、欠点のある石なら、極めて安価で手に入るという事でもあります。

ですから今回の狙い目はそのような石です。


「欠点のある石」とはもう少し表現を変えて言えば、「磨けば光りそう」な部分を含んだ石、という事ですね。

例えば極端な話、練習用の安い青田でも、

「1本のうちの半分、もしくは3分の1くらいの部分は磨けば光りそうだけど、あとの残りの部分は全然ダメ。」

というような石なら、よ〜く探せば店に並んでいる石の中でも1つや2つくらいは見付かるものです。

そうしたらその石、キレイな部分を残して自分で切ってしまえば良いのです。

「短くなっちゃうじゃないか。」

と思うかもしれませんが、長いままでなければそんなにダメですか?

そうでもないでしょ?(笑)

今回の写真の石も2つとも(青田ではありませんが)、下3分の1はひどいものだったんですよ(笑)


他には5センチ角以上の大きさの石でも、一つまるごとキレイなものなど有りませんが、その一部分に「磨けば光りそう」な部分を含んだ石なら、これまたよ〜く探せば時々見付かります。

この場合も、その石の中から、自分で「磨けば光りそう」な部分だけを切り出せば良いのです。

「磨けば光りそう」な部分を含みながらも、それ以外の部分がひどいものの場合、ひどい部分が汚ければ汚い程、敬遠されて売れ残りがちなのでしょうが、私の場合は即買いです(笑)


又、1本数千円から1万円程度の石で紐が付いているような場合、その程度の値段の石の紐は間違い無く粗雑な彫りなので、早い話が「無い方がまし」な場合が殆んどなのですが、紐以外の部分が良さそうなら、私は自分でその紐の部分を切り取ってしまいます。

だって、「無い方がまし」なんですから(笑)

紐を自分でもっと精巧に彫り上げる、という選択肢も無いわけではありませんが、今回はそれについては触れません。


とまぁ、このような具合で、「磨けば光りそう」な石を手に入れる事が出来たとしましょう。

次は実際に「磨く」行程に入るわけですが、話が長くなってきたので、続きは次回に。

それではまた。

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2008年03月18日

模刻するなら

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久しぶりの「篆刻のすすめ」です。

このカテゴリー、「徐三庚の側款」について書いたらホントに殆んど気が済んで満足してしまい(笑)、その後一回書いただけで、後はほったらかしになってしまいました。

「それではいけない」

と思い直し、今回はある本について紹介します。


二玄社『河井セン廬の篆刻』


例によってセンの字が表示出来ません。(くさかんむりに「全」です。)


さて、例えば篆刻をやってみようと思い立ち、独学で学ぼうとした場合、最初は自分の名前でも刻してみたりするのだと思います。

そのうち技法書のようなものを読んだりして、模刻(書の臨書に相当するもの)というものを知り、自分もやってみようと思ったとしましょう。

ここで問題になるのが、何の模刻から始めたら良いのか、という点です。

自分の好きな印でもあればそれから始めるのも良いでしょうが、

「好きな印だなんて、そんな事言われても…」

という人も多いでしょうし、その場合、何処から手をつけたら良いか途方に暮れてしまうと思います。


そこで今回は、様々な異論反論を覚悟の上で極論します。


河井セン廬から始めましょう。

そして、それだけでも十分です。


河井セン廬は初世中村蘭臺と並ぶ篆刻史に於ける巨人です。

その存在の大きさは、今日に於いても全く色褪せる事がありません。

それどころか今日までの篆刻界は、ある意味では彼の影響下にその全てが存在してきたと言えるかもしれません。


話は篆刻界に限った事ではありません。

今日の趙之謙の評価を不動のものにしたのは間違い無くセン廬翁なのでしょうし、三井聴氷閣との関わりについても、セン廬翁は三井高堅による蒐集に際しての顧問的役割を果たしていたそうですから、聴氷閣のコレクションの内容を考えた時、それが結果として今日書に関わる我々にとってどれ程大きな意味を持つ事になったのかを考えると、

「篆刻はちょっと・・・」

などと、二の足を踏んでいる場合ではないのです。


昭和20年3月10日、自宅で東京大空襲に遭い、所蔵されていた萬巻の書画蔵書と運命を共にされました。(本当はこの記事も10日にアップしたかったのですが、間に合いませんでした。)

戦後まで存命であったのなら、その後の日本の書壇はどうなっていたのだろう。

と、つい歴史に禁物の「もしも」を考えてしまいます。


話を戻しましょう。

そんなセン廬翁についての印譜とも解説書とも呼べるのが、今回紹介する

二玄社『河井セン廬の篆刻』

です。

著者は西川寧氏。(私のブログには度々西川氏の名前が登場しますが、私が猗園の人間だからというわけではありませんのであしからず)

印刷本とは言え、ある種の印譜としての役割を果たしていますし、手紙や印稿まで収めてあり、興味は尽きません。

更にはその中の一部の印について西川氏の解説があり、これが極めて有益です。

「篆刻とはこうやって見るものなのか」

と思う人も少なくないはずです。

もともとは雑誌『書品』に連載された文章を転載再編したもので、その一部は先日紹介した『書道講座』の篆刻編にも取り上げられています。

一人でただ漠然と模刻をするのと、この本をしっかりと読んでからするのとでは、その模刻の意味合いも密度も、全くと言って良い程に違うはずです。


書道講座』の回でも同様の事を書きましたが、そこにあるのは

「篆刻とは?」

という問いに対する答としての圧倒的なまでの世界観です。

最近ではお手軽お気軽な「ハンコ作り」の方が注目を浴びていますが、それとは全く異質の世界が紛れも無く存在するのです。


「セン廬翁だけでも十分」

と言いましたが、その気になれば、ここから漢印にも浙派にも、徐三庚にも呉昌碩にも、少々大げさに言えばいかなる古典にも遡る事が可能です。

その印に注がれている神経の細やかさはちょっと信じがたい程ですが、最初にこのようなものに触れておけば、「まがいもの」になる危険性は随分と低くなるはずですし、私が「ゆるさ」と表現する日本人特有の叙情性に安易に逃げてしまう事もないはずです。


「蘭臺ではダメなのか」

という意見もあるかもしれませんが、別にダメなわけではありません。

しかし蘭臺翁の場合、徐三庚からの影響が突出している(特に朱文印)のに対し、セン廬翁の方が万偏無く様々なところから影響を受けています。(異論もあるでしょうが)

ですから出発点とするにはセン廬翁の方が適していると思うのです。


と、ここまで話を進めておきながら、実は大問題があります。

先日『書道講座』について書いた時、二玄社のHPを見てみたら…

出てこないんですよ、この本。

絶版になっちゃったのか?

それとも最初から部数限定での発行だったのか?

二玄社!



Amazonで探してみたら1件だけヒットしましたが、何と古書で2万円!!

もともとの定価、4千円ですよ・・・


いずれにしても簡単には入手出来ないのかもしれませんが、もしも見掛けたら、その場で即買いしておくべきだと思います。(値段と相談になるでしょうが・・・)


という事で、今回の「篆刻のすすめ」は本の紹介でした。

それではまた。

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2007年07月06日

篆刻なのに?

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今回は篆刻の話をしましょう。


篆刻を学ぶ際によく質問されるのが、

「篆刻をやる前に篆書がしっかりと書けるようになっていなければいけないのか?」

という問題です。


「やりたいのは篆刻、つまり刻する方なのであって、篆書が書けるようになりたいわけではない。」

という事なのでしょう。


ちなみに私は篆刻の場合、「彫る」とは言わずに「刻する」と言いますが、この言い方は一般的ではないようなので御注意を。


さて、さっきの問題、皆さんはどう思いますか?


答えは簡単です。

「書けなくてもかまいません。しかし、しっかり書けるようにならなければ、ろくな印は刻せませんよ。」


書きたいわけではないのに、何故でしょうか?

草稿を考える際や布字(石に刻する文字を書き入れること)をする際に篆書の筆法でも必要になるのでしょうか?


そうではありません。


まともな篆書が書けないまま篆刻をやろうとしても、篆書に対する審美眼が自分の中に蓄積醸成されていない状態では、自分が刻した印が良いのか悪いのか、判断出来ないからです。


当然の事ながら、篆刻には書くのとは違った篆刻独自の部分があります。

最も端的な例は刀法でしょう。

そのような独自の部分に対する審美眼については、篆刻によってのみしか養えないというのは確かに事実ですが、篆刻独自の部分に至る前に、篆書そのものの審美眼が必要になるという事もまた言うまでもない事実です。


「篆書に対する審美眼なら、篆刻をやり続ける事によっても養われていくだろう。」

と思われるかもしれません。

確かにその通りではありますが、篆刻と筆で書くのとでは、自分の体の中を通す文字の数や種類が桁違いです。


この場合の「自分の体の中を通す」というのは、目で見ることによって目から入ったものを、実際に自分の手で刻したり、書いたり、といったように実際に自分の手を使って外に出す、という意味ですが、篆書に限らず書の審美眼というのは、自分の体の中を通した字の質と量によって、少しずつ少しずつ蓄積される鍾乳石のようなものですから、ちょっとやそっとの数を通しただけでは全くと言ってよい程に役に立ってくれません。


「それなら筆で書くのと同じくらい、たくさん刻すればいいじゃないか」

という意見も出そうですが、「書けなくてもいいだろう」などという安易で即席な考え方をする人間が、書くのと同じくらいたくさん刻するなんて事はちょっと考えられません(苦笑)

何しろ刻するには書くよりも遥かに手間がかかるのですから。

そもそも刻する前の布字の段階でデタラメになってしまいますから、それをどれ程たくさん刻してみても仕方がありません。


というわけで、書きたいわけではないとしても、しっかりと篆書が書けるようになっておく必要があるのです。

もっとも、実際には「書けるようになってから」なんて言っているといつまでも篆刻を始められずにそれだけで一生終わってしまいますから、刻するのと書くのと同時進行に学んでいく事になるでしょうが。


「書けなくてもいいだろう」などと考える人というのは、手っ取り早い近道を選んでいるつもりなのでしょうが、実はかえって遠回りをしているだけであって、いつまで経っても前に進まないものなのです。


ですから、書きましょうね。


今回はここまで。

それではまた。

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2007年05月18日

徐三庚の側款

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今回は「篆刻のすすめ」として、徐三庚の側款のお話です。


「え〜、1発目から側款の話?」

という声もあるでしょうが、実はこのカテゴリーを作った大きな理由の一つは、この話をしたかったからなのです。

ですから、非難の声を耳にしながらでも強引に進めます(笑)


私が徐三庚の側款に惹かれるようになったのはいつ頃だったのか、今となっては記憶が定かではありませんが、側款の刻し方を自分であれこれ試行錯誤していた過程であったように思います。

二玄社の『中國篆刻叢刊』を見ながらあれこれしているうちに、呉譲之でも趙之謙でも呉昌碩でもない、徐三庚の側款の楷書の繊細な美しさに惹かれていたのです。

強い前のめりを右下への踏ん張りによって支え、見事にバランスを保っているその姿は、当時の私にとって例えようが無い程に魅力的なものでした。


その後の私が何度も彼の側款の模刻を繰り返した事は言うまでもありませんが、その他にも私は『中國篆刻叢刊』に所収の徐三庚の印について、その側款の文字を1文字ずつ、全ての文字を模写して字形字典もどきを作りました。

今となってみれば、拡大コピーでもしたものを切り貼りして作った方が良かったのかなとも思いますが、当時はそこまで考えが及ばず、細かい部分まで模写する為にわざわざ製図用のシャープペンや消しゴムまで買ってきて、夢中になってせっせと作ったのでした。

もっとも一文字ずつ自分の手で模写したおかげで、字書もどきが出来上がった時には、刀の使い方も含めてその特徴の細かい部分まで十分に観察することが出来ていましたから、拡大コピーに頼らなかったのは結果的には良かったのかもしれません。


字書もどきを作り上げた私は、自分自身で刻した印に側款を刻す場合、必ずその字書もどきを使って集字し、正に徐三庚風に刻して喜んでいました。

更には毛筆で書く際にもその風を倣い、側款の雰囲気を紙面に展開出来ないかと試してみたり、と随分とそんな事をやりました。

これ程の楷書の造形を我が物としていた彼が、何故、側款以外の場でその書姿を遺さなかったのか。

篆書にしか興味が無かったと言ってしまえばそれまでですが、それが今でも理解出来ません。(それとも私が知らないだけで、側款の姿を髣髴とさせる楷書作品も存在するのでしょうか?)

もしも彼だったらどのように書いただろうか、と想像しながらの試行錯誤はとても楽しかった事を覚えています。


以前どこかの回で、私の楷書の基礎となったのは『九成宮醴泉銘』『孔子廟堂碑』『張猛龍碑』の3本だと書いたような気がしますが、もう一つ付け加えるとすると、それは徐三庚の側款かもしれません。


篆刻というと印面に刻されたものばかりに目が行ってしまいがちですが、側款には印面とはまた違った世界があり、とても面白いものです。

現在の篆刻界では、側款というと、呉昌碩か趙之謙の風を倣ったものが主流のようですが、もっともっと徐三庚の側款にも光が当たって欲しいと思っています。

皆さんも一度、じっくり眺めてみて下さい。

それではまた。

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2007年04月27日

何で篆刻?

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「篆刻のすすめ」というカテゴリーを作ってみました。


「『臨書のすすめ』がちっとも進んでないのに何やってんだ!」

と叱られそうですが(苦笑)


篆刻(てんこく)と言うと、書を長年学んでいる人ですら、全くの門外漢を決め込んでしまっている場合が少なくないようですが、それは余りに勿体無い話です。

「だって何だか難しそうだし・・・」

と二の足を踏んでいる人も多いのでしょうが、それは書でも同じ事だったと思うのですが。


実は、印の押し方一つでその人の実力が透けて見えてしまうものなんですよ。


作品自体は立派に書けているのに、作品と不釣合いの印が押してあったり、押してある場所が悪かったりして、作品全体が台無しになってしまっている。

というのは良く見る光景ですが、それに気付いていないということは、それがその人の感覚の実力だからです。


書の部分は、恐らく先生にもらったお手本を見ながら何百枚も書いたのでしょうから、まぁ、上手にはなっていますよね。

ところが、作品が書きあがったところまでで安心してしまうのか、印の事にまで気が回らないのか、いずれにしても訳も分からないまま

「とりあえず押しておかなくっちゃ」

みたいな感じになってしまっています。

その結果、その人の感覚の本当の実力が顕れてしまうのです。

怖いですねぇ。


篆刻を学ぶようになると、書に於いても今まで見えなかったものが見えてきます。


私は時々「線の深さ」「筆の食い込み」といった表現をしますが、平面上に書かれているはずの書の線に「深さ」や「食い込み」を感じるというのは、初学者にはなかなか難しいのも事実でしょう。

篆刻もツ印されたものを見ているだけだと、やはり平面上の世界のように感じるかもしれませんが、実際に石を刻している段階では紛れも無く立体であり、そこには文字通りの「深さ」や「食い込み」が存在します。


このブログで繰り返してきた

「同じ筆圧」

という表現は、篆刻の場合に置き換えると、

「同じ深さ」

と言うことが出来ます。

立体を対象とする刻印という作業を繰り返す事によって、平面上であるはずの紙面上の筆線における線の深さや食い込みの強さといったものをイメージしやすくなるのです。


篆刻はその名の通り、基本として篆書を刻したものですが、この感覚をしっかりと持っておくか否かは篆書に限らず、隷書や楷書、更には他の書体を学ぶ上でも、極めて重要です。


こんな事を言うと、またすぐに

「欧陽詢は篆刻など学んでいないはずだ。それなのに『九成宮醴泉銘』を書いたじゃないか。」

などと、屁理屈を言う人がいますが、凡人である我々の才と彼の巨大なそれとを持ち出して比較してみたところで、何の意味も無いでしょう(苦笑)


閑話休題。

篆刻というのは極めて微細な世界ですから、その微細な世界の中で感覚を磨いていくことによって、それまで見過ごしていた自分の書の粗さに気付く事が出来るようになります。

そもそも、篆刻の世界ほど眼前の一文字に対して感覚を研ぎ澄ませて対峙し続けるものって他にあるでしょうか?


まぁ、学んだ上での効果をもくろんで篆刻を始めるなんて、それこそ俗というものでしょうが、結果として色々な効果が顕れてくれるのは事実です。

そんな皮算用を抜きにしても、始めてみればまた違った世界が広がって楽しいですよ。

とにかく始めてみませんか。


今回はここまで。

それではまた。

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ラベル:書道 篆刻
posted by 華亭 at 08:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 篆刻のすすめ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする