2009年08月17日

興福寺断碑

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今回は「臨書のすすめ 行書」で、王羲之『興福寺断碑』です。(以下『断碑』)

テキストは今回も二玄社『中国法書選』を挙げておきます。


「臨書のすすめ 行書」のカテゴリは随分と前に『集字聖教序』(以下『聖教序』)を紹介しただけで放ったらかしになっていましたが(苦笑)、この『断碑』は聖教序』と同じく、王羲之の字を集めて作った所謂集王碑で(大雅による集字)、王羲之の行書のテキストとしては『聖教序』と双璧をなすと言える程に有名なものです。

「断碑」とは、この碑が土中から発見された当初から上半分部分が失われていた事に由来する呼び名ですが、必然的に文字数も『聖教序』よりもずっと少ないですから、全臨するのも『聖教序』よりは気が楽かもしれません(笑)


『聖教序』を初学者が扱う事に対する問題点と、教える側としての私の個人的な葛藤については、以前「人気」「人気。その2」の回で書きましたが、それが「臨書のすすめ 行書」が放ったらかしになっていた理由でもあり、これまで私にここでのこの碑の紹介を躊躇させ続けた理由でもありました。

何故なら『聖教序』に於ける問題点や葛藤はこの『断碑』に於いても同様に当てはまるからです。

かと言って『聖教序』だけを紹介しておくのでは片手落ちのままのような気がしてきたので最近色々考え直しまして(笑)

正直な話、今でもあまり気乗りはしないのですが(苦笑)やはり紹介する事にしました。

人気」「人気。その2」の回を未読の人はそちらも読んでおいて頂けると有難いです。


ところでこの碑は『聖教序』よりも50年程時代の下ったものです。

入筆や転折などには『聖教序』よりも更に固い箇所が数多く見られるように思いますが、その事と両碑に於ける50年間という隔たりは、決して無関係ではないとも思えます。

いわゆる「唐臭」と呼ばれるものの一端とはこんな部分なのでしょうが、初学者の場合にはそんな事を気にしようにも仕方が無いでしょうから、ややこしい事は考えずにいつもどおり形臨に徹しましょう。


因みに中国書道史に於いてこの50年間の隔たりが持つ意味は決して小さくありませんし、この辺りの時代の書道史的変遷を理解しておく事は、中国書道史を理解する上でも非常に重要ではあるのですが、話が脇に逸れ過ぎてしまうので、今回は「非常に重要」とだけ話して止めておきます。


『聖教序』とどちらが優れているか?

という問題については、着眼点の違いによって色々な意見があるでしょうし、どちらがより王書の真面目を伝えているのか、という点については更に話は簡単にはいかないでしょう。

ですから、「どちらが」という観点ではなく、『聖教序』は『聖教序』、『断碑』は『断碑』として、先ずはそれぞれの碑そのものとして捉える、という態度の方が良いと思います。


極論すれば、「王羲之の書を学ぶ」などという意識はこの際初めから捨ててしまおう、という事です。

乱暴な考え方のようですが、その方がかえって余計な事を考えずにこの碑そのものに素直に取り組めるのではないかと思うからです。

先程の「唐臭」の話もそうですが、「『聖教序』との違いは?」とか「羲之の書とは?」とかいった事を考えるのは、『聖教序』やこの碑そのものにしっかり取り組んだその後でも決して遅くはないはずですから。


というよりも、素直に形臨に徹してしっかり取り組んでいけば、自然と色々な事が見えてくると思いますから、時間をかけてじっくりとやってみて下さい。

何だか奥歯にものが挟まったような言い方ばかりになってしまいましたが(苦笑)、決してこの碑が優れていないなどというわけではありませんから、皆さんは何の躊躇も迷いもなく取り組んで下さいね。


というわけで、今回紹介した事で、少し胸のつかえが取れました(笑)

それではまた。

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いらっしゃいませ。

あれこれ思いつくままに書いているので、書道独特の専門用語や人名などの固有名詞に関しては、その都度解説を付ける事はしていません。

初心者の方や学び始める以前の方には難解な部分も多かったかもしれませんが、お許し下さい。


「一言書いてみたいんだけど、みんなに読まれてしまうコメントに書くのは何だか気が引ける・・・」

という方や、

「何だか下手な事を書いたら説教されそう・・・」

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posted by 華亭 at 04:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 臨書のすすめ 行書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月08日

集字聖教序

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今回は「臨書のすすめ 行書」の1回目として、王羲之『集字聖教序』を取り上げてみましょう。

テキストは二玄社『中国法書選』で大丈夫です。


「集字」って何?

という人もいるかもしれませんので、一応簡単にだけ説明しておきます。

「集字」というのは、読んで字の如く、字を集める事です。

この『集字聖教序』は碑になっているのですが、王羲之の書いた文字を集めて作った「聖教序」の碑という意味です。

この『集字聖教序』は懐仁(えにん)が集字したものと言われています。


「聖教序」って何?

という人もやっぱりいるでしょうから、それも簡単に。


三蔵法師ってご存知ですか?

西遊記に出てくるあのお坊さんです。

玄奘三蔵というのは実在の人で、天竺(今のインド)まで仏教の経典を探しに旅に出ました。

ちなみに西遊記というのは、この時の旅を題材にして作られた空想物語です。

大変な苦労をして経典を持ち帰った三蔵は、帰国後にそれを漢訳します。

時の皇帝、唐の太宗はその経典に序文を書きました。

内容は簡単に言えば

「三蔵よくやった。お前は偉いぞ。御苦労!」

という感じです(簡単過ぎですが)

つまり、「聖教」とは三蔵が漢訳した仏教の経典、「序」とは太宗が付けた序文のことです。


ですから『集字聖教序』とは、太宗の序文を王羲之の文字を集字して作ったもの、という意味になります。

王羲之の字を集めているので『集王聖教序』と呼ばれる事もあります。


「聖教序」自体は独立した文章ですので、この『集字聖教序』の他にも碑として刻されたものが存在します。

『雁塔聖教序』。

これまた大変有名な碑ですが、「聖教序」と呼ぶだけでは両者の区別が付きません。

そこで、王羲之の集字の方を『集字聖教序』とか『集王聖教序』と呼んで、『雁塔聖教序』と区別しています。

ちなみに『雁塔聖教序』とは「雁塔」にある「聖教序」の事です。


今回は行書ということでこの『集字聖教序』を取り上げていますが、中には草書も混在しています。

便宜上、今回取り上げているだけの話ですので、その辺は深く考えないで下さい(笑)


「王羲之なら『蘭亭序』じゃないの?」

という人も多いでしょうが、あれはとても厄介なシロモノです。

数多い諸本の中から、まずはどれを選ぶかというだけでも問題ですし、とても初学者が一人勉強しきれるようなものではありません。

ですから、今回は『蘭亭序』はパスです。


さて、『集字聖教序』ですが、文字数が多いので行書のテキストとしては適当です。

集字されたものなので、文字毎の呼応や行間などは集字者の意であり、そのままを学ぶべきかどうかは問題がありますが、一字毎にじっくり学ぶ初学者にとっては、

「文字毎の呼応などに気を遣わずに済む」

という考え方も出来るわけです。


随分と乱暴な考え方かもしれませんが、実際に『蘭亭序』などを一人で学ぼうとする場合、文字毎の呼応や行間などの、謂わば

「文字以外の部分」

に、どれほど目が行くのか?

という事になると、これははなはだ疑問です。

しかも、ある意味ではこの「文字以外の部分」こそが最も重要な部分であり、その部分が理解出来ないと、一字毎の字形がなぜそのような形として書かれているのかが理解出来ません。

その点、『集字聖教序』の方が、純粋に一字毎の字形に集中しても、『蘭亭序』ほどには学ぶ際の無理が無いと思われるのです。


書く時にはいつものとおり、なるべく同じ速度で書きましょう。

間違っても「トン・スー・トン」なんてやってはいけません。

初学者の場合、自分で引けると感じた部分だけ運筆の速度が上がりがちです。

一度動き出した筆がそのままずっと同じ速度のまま動いていくように意識しましょう。

書譜」の回でも書きましたが、特に転折部では注意して下さい。


書譜」の回で示したサンプルをもう一度見て下さい。


サンプル

上は良い例、下は悪い例です。

それを裏から見たのが次のサンプルです。

違いがよく分かると思います。

サンプル

詳細は「書譜」の回を参照していただきたいのですが、ここでは一つ補足しておきます。


臨書する際、手本を見て書くわけですが、その際、AからBまでを見ておいて書くのではなく、その一つ先のCまでをよく見ておいて書きます。

なぜなら書き始める前にAからCまでを一度によく見ておかないと、Aから動き出した筆がBまできた時に、ついそこで手本に目が行ってしまい、手が止まってしまうからです。

特に楷書しか勉強した事がないような人の場合、転折部で一度手本を見直す癖が付いている場合が多いので、注意が必要です。


「楷書の場合よりも一画先までよく見ておく」

これが行・草の手本を見て書く際のコツと言えるかもしれません。


しつこいようですが、今回もとにかく形臨です。

出来れば半紙に4文字大か、小さくても6文字大で練習して下さい。

前にも書きましたが、あまりに小さく書いてしまうと、自分で書いたものの粗に自分自身で気付く事が出来ないからです。


とにかく形臨です。

「そっくり」を目指して下さい。


行書ですから、5回や10回程度の全臨ならば、楷書の『九成宮醴泉銘』ほどには時間はかからないはずです。

じっくり、しっかりやって下さい。


さて、次回は何にしましょうか。

それではまた。

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「一言書いてみたいんだけど、みんなに読まれてしまうコメントに書くのは何だか気が引ける・・・」

という方や、

「何だか下手な事を書いたら説教されそう・・・」

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