2009年10月20日

美人董氏墓誌銘

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今回は前回の予告通り「臨書のすすめ 楷書」で、隋の墓誌銘の中から『美人董氏墓誌銘』を取り上げます。

前回テキストについて書き忘れましたが、いつも通り二玄社『中国法書選』を挙げておきます。


さて、この『美人董氏墓誌銘』ですが、前回『蘇孝慈墓誌銘』で触れた「刻からくる線の固さ」といった部分は殆んど見られません。(全く無いわけではありませんが。)

字粒は『蘇孝慈墓誌銘』よりも更に小さいですが、その用筆や結体は非常に繊細で、『蘇孝慈墓誌銘』がある意味一本調子な部分があるのに対して、その線一つとっても変化や抑揚に富んでいます。

変化や抑揚に富んでいる分、臨書するには難しいとは思いますが、書いていてとても面白いですし、「こんな字が書けたら」と思わせてもくれます。


『蘇孝慈墓誌銘』が歐・虞の魁ともされるという話は前回触れましたが、その結体や『蘇孝慈墓誌銘』程には強さを外に出さないところなど、虞に関してはこの『美人董氏墓誌銘』の方が近いものを見い出す事が出来るように思います。

いずれにせよ、この書が隋の墓誌銘の一つの頂点を示すものである事は間違いありませんし、『蘇孝慈墓誌銘』や『美人董氏墓誌銘』などの書が、初唐の楷書を導き出したと言えるでしょう。


これもやはり半紙4文字大か6文字大の拡大臨書から始めましょう。

文字数は『蘇孝慈墓誌銘』よりも少ないですが、字粒が小さい分、書く前の極めて詳細な観察が絶対条件で、『蘇孝慈墓誌銘』の時以上に注意しなければなりません。

以前何処かで話した仮名の先生の話ではありませんが、虫眼鏡を持ち出して、というくらいの意気込みで臨んで下さい。


その先にある原寸大臨書では、更なる神経の細やかさが必要になります。

余程心してかからないと、「只何となく書いている」といった程度にしかならないでしょうから、そのつもりでいきましょう。


話が少し逸れますが、墓誌銘の実物については東京の台東区にある書道博物館でその幾つかをガラスケース越しなどではなく息がかかる程の間近で見る事が出来ます。(「博物館、美術館に行こう。その3」の回参照)

それらの刻は想像する以上に浅く、拓本から受けるものとはまた異なった印象を受けるでしょうし、

「拓として見られる事を前提として刻されてなどいない。」

という意味に於いて、考えさせられるところが少なくありません。

書道博物館に限らずとも、何処かで見る機会があったら、その印象を記憶に刻み込んでおく事は決して無駄にはなりません。


話を戻しますが、この書を原寸大でしっかりと臨書出来るようになった頃には、小筆で小さな文字を書く事に対する苦手意識は随分と軽減されていると思います。

但し造形に関しては、以前にも書きましたが、手本そっくりに書けるようになる為の感覚と、手本を見なくても書けるようになる為の感覚とは一致しませんから(「漠然と。その2」の回参照)、

「見ながらであれば結構書けるようになってきた。」

という程度では、手本から離れてしまうとなかなか形にはならないと思います。

まぁ、最初からそこまで考えていては折角のやる気も失せてしまうでしょうから(笑)、先ずは書いてみましょうね。


前回の『蘇孝慈墓誌銘』や今回の『美人董氏墓誌銘』をやったら、それ以外の隋の墓誌銘については各自好みのものへと進んでいけば良いでしょう。

北魏の墓誌銘に関してはまた少し話が変わりますから、またそのうちに。


という事で今回はここまで。

それではまた。

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初めてこのブログを読まれた方へ。

いらっしゃいませ。

あれこれ思いつくままに書いているので、書道独特の専門用語や人名などの固有名詞に関しては、その都度解説を付ける事はしていません。

初心者の方や学び始める以前の方には難解な部分も多かったかもしれませんが、お許し下さい。


「一言書いてみたいんだけど、みんなに読まれてしまうコメントに書くのは何だか気が引ける・・・」

という方や、

「何だか下手な事を書いたら説教されそう・・・」

という方、また、通信添削について御質問のある方は、下記のアドレスまで御意見御質問をお送り下さい。

誹謗中傷を目的としたような常識に反するもの以外、お返事させていただきます。

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定期的にアップ出来ているわけではありませんが(正直言ってサボりがちです)、よろしかったらまた覗きにいらして下さい。

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posted by 華亭 at 00:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 臨書のすすめ 楷書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月17日

蘇孝慈墓誌銘

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今回は「臨書のすすめ 楷書」で、隋の墓誌銘の中から『蘇孝慈墓誌銘』を取り上げてみましょう。

一言で隋の墓誌銘とは言っても、その数は極めて多いですし、現在でも新たなものが発見発掘されたりしている状況ですから、既に影印されているものだけに限ってみても、その全てを臨書してみるというのは現実的にはなかなか難しい話です。

ですがせめて代表的なものとして名前が必ず挙げられるようなものについては、初唐の楷書を理解する意味でも、やはり無視するわけにもいきません。

『蘇孝慈墓誌銘』はそんな隋の墓誌銘中でも『美人董氏墓誌銘』等と並んで必ず名前が挙げられるものの一つですし、歐・虞の魁を成す書であるとも言われるものですから、是非とも書いておきたいですね。


さて、その『蘇孝慈墓誌銘』ですが、墓誌銘という性格上、字粒が随分と小さいです。(これは『蘇孝慈墓誌銘』に限った話ではありません。)

その小ささ故の、刻からくる線の固さを感じる部分も有りますが、拓は明瞭鮮明ですし、その筆法は極めて合理性の高いものですから、初学者の楷書学習には非常に適していると言えるでしょう。

また、これも墓誌銘の特色ですが、方形の罫線が引かれていて、その方形の中に無理無く文字が収まっています。

顔真卿の楷書のように強引なまでに押し込んだという感じは全くありませんし、『九成宮醴泉銘』のように手足を存分に伸ばし切ったという感じでもありません。

あくまで「無理無く程良く」収まっていますから、例えば

「日頃書く字の練習としても直結して応用出来るようなものは無いだろうか?」

と思っている人にとっても、お薦め出来ます。

1300文字近くありますから、一回通して書くだけでもなかなか大変でしょうが、それだけ練習になるという事ですから、めげずに、途中で投げ出したりしないで頑張りましょう。


最初はやはり半紙4文字大か6文字大からが良いと思います。

先に、刻からくる線の固さについて一言触れましたが、その辺りも含めてこの字粒を半紙4文字大などに拡大臨書する事への疑問と抵抗感を抱く人もいるでしょう。

しかし、かと言って、いきなりこれを原寸大臨書しようとしても、この大きさ(小ささ)では自分で書いたものの粗を自分で感じる事がなかなか出来ないと思います。

「その字粒だからこそ成り立つその書姿」

というのは書全てに当てはまる話ですし、墓誌銘のように字粒の小さいものの場合には尚更そうかもしれませんが、それでもやはり最初は拡大臨書からの方が良いでしょう。

但し、その先の話として、原寸大臨書もしてみる必要がある事は言うまでもありません。

拡大して書くからこそ気付く事があるのと同様に、原寸大で書くからこそ気付く事もありますから。

原寸大での臨書を目指して、先ずは拡大臨書から、という順序でいきましょう。


筆法的には歐書をやった人なら全く問題無いと思いますが、歐書との関連で言えば、両者の類似点を探すというよりも、この『蘇孝慈墓誌銘』を書く事によって、結果として、造形や空間構成等の部分で『九成宮醴泉銘』がどれ程までに極度に洗練されたものであるのか、という事が見えてくる、という方が重要だと思います。


まぁ、時々言いますが、何かしらの効果に対する期待ありきの臨書というのもどうかと思いますので、とにかく書いてみる、という姿勢が良いのではないでしょうか。

という事で、今回は『蘇孝慈墓誌銘』でした。

次回は同じ隋の墓誌銘から、先にも名前を挙げた『美人董氏墓誌銘』の予定です。

今回はここまで。

それではまた。

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2009年09月19日

皇甫誕碑

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いや〜、また随分とアップをサボってしまいました(汗)

またポツポツと始めますので宜しくお願いします。


さて、今回は「臨書のすすめ 楷書」で、紹介するのは歐陽詢『皇甫誕碑』です。

この碑は『皇甫府君碑』とも呼ばれますが、ここでは『皇甫誕碑』(以下『皇甫誕』)と呼んでおきますね。

テキストは例によって二玄社『中国法書選』を挙げておきます。


歐陽詢の書としてはこの「臨書のすすめ」でも既に『九成宮醴泉銘』(以下『九成宮』)を紹介しています。

この『皇甫誕』は『九成宮』の影に隠れてしまったような、或いは二番手扱いされているような印象があって、『九成宮』程には積極的に扱われていないように思います。(同じく歐陽詢の『温彦博碑』や『化度寺碑』はその度合いが更に強いようです。)


『九成宮』は何と言っても「楷法の極則」と呼ばれるくらいですから、初学者の楷書のテキストとして虞世南の『孔子廟堂碑』と共に必ず名前が挙がりますし、「歐書はそれで充分」、という事になってしまうのかもしれません。

それに、『九成宮』に比較して拓が模糊としている部分が少なくありませんから、その点でも初学者は『九成宮』、という事になってしまうのでしょう。


が、古来、

「歐書を学ぶには先ず『皇甫誕』から」

という意見もあるくらいですから、『九成宮』をやった事があるからと言って『皇甫誕』をないがしろにしてはいけませんし、歐書が初めてという人はいっその事いきなりこちらからやったとしても全く問題ありません。

それでもやはり一般的には『九成宮』をやった事がある人が次に取り組む歐書として、という場合が多いでしょうから、両者の違いは何処にあるのか、という点について考えながら臨書してみると、とても面白いと思います。


具体的な違いについてここで少しだけ挙げておくとすれば、

1、入筆。
2、点画同士の接触のさせ方。
3、懐の広さ(狭さ)。
4、北方系の匂いの強さ。

といった点が分かりやすいと思いますから、その辺りを念頭に置きながら、両者の比較をしてみると良いと思います。


その結果として『九成宮』の凄さを再認識させられる事になるかもしれませんが、『九成宮』がそれ程までに凄いからこそ、

「初学者にとっては『皇甫誕』の方が適切」

という考え方も出来るわけで、裏を返せば、

「ホントに初学者に『九成宮』は適切なのか?」

という疑問につながっていく事にもなるのです。


似たような話は「人気」「人気。その2」で書いているので、詳しくはそちらを読んで下さい。


まぁ、「どちらが上か?」などという考えは持たずに、とにかく臨書してみて下さい。

比較するも何も、話は実際に自分で書いてみてからにしましょう。

言うまでもなく形臨ですよ。


というわけで、久々の記事は『皇甫誕碑』を紹介しました。

それではまた。


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2009年08月03日

孟法師碑

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今回は「臨書のすすめ 楷書」でチョ遂良の『孟法師碑』です。(チョが表示出来ません。ころもへんに者です。)

やっと登場のチョ遂良なのに、やっぱり頑ななまでに『雁塔聖教序』は後回しなわけですが(笑)、この『孟法師碑』は『雁塔聖教序』との比較に於いては勿論の事、『九成宮醴泉銘』や『孔子廟堂碑』と比べると尚更、余りにも地味な扱いを受け過ぎているように思います。


チョ書と言えば『雁塔聖教序』のイメージが強過ぎるのでしょうが、実はこの『孟法師碑』、初学者の楷書練習に非常に適していて、その意味では『九成宮』や『廟堂碑』に一歩も引けを取りません。

だからと言って「初学者向きに過ぎない」などという単純な話ではありませんし、単に「チョ遂良の若書き」という事で済ませられるようなものでもありません。

『雁塔』とはまた異なった、なかなか奥深いものを持った書ですから、まだ臨書してみた事のない人は是非一度書いてみて欲しいと思います。


テキストには例によって二玄社『中国法書選』を挙げておきます。


この碑の拓本は現在は三井文庫にあるはずですが、虞世南『孔子廟堂碑』、丁道護『啓法寺碑』、魏栖梧『善才寺碑』とともに所謂「臨川李氏四宝」のうちに数えられる一本で、天下の「孤本」です。(三井文庫蔵は『啓法寺碑』以外の3本)

重刻本を底本にした影印本もあるそうですが(私は未見です。)大抵は三井本を底本にしているはずですから、一般的に入手出来る影印本なら問題無いでしょう。


さて、私は「臨書のすすめ」の記事を書く時には必ずその前に、自分自身の確認の為に、紹介するものを一度全臨し直すのですが、今回改めてこの碑を臨書してみてその魅力を再確認しました。


確かに筆法の合理性や結体に於ける神経の細やかさや鋭さで言ったら『九成宮』の方が上でしょうし、強靭な骨格を内に秘めた上での全体に漂う静けさや穏やかさに於いては『廟堂碑』の方が上でしょう。

ですが、この碑にはこの碑にしかない魅力が有るのもまた事実です。

それについてはここで無理矢理私の拙い言葉で説明するよりも、やはり皆さんが実際に書いてみるのが一番だと思います。


行書の筆意が混在している箇所があったり、転折部分で時々少し癖のある筆使いが見られたりしますが、それを除けば全体的には至って分かりやすい筆法だと思いますので、この碑を元にして悪癖が付くような事は無いでしょう。

この碑の中に『雁塔』の萌芽を探し求める事も十分可能ではありますが、ここではひとまず『雁塔』の事は置いておいて、この碑に没頭してみましょう。


言うまでもなく、形臨ですよ。


チョ遂良、やはり只者ではありません。


というわけで今回は『孟法師碑』でした。

それではまた。

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2008年07月17日

三門記

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今回は前回までの余りの雑談続きを軌道修正して(笑)、久しぶりに「臨書のすすめ 楷書」です。


何を取り上げるのかと言うとですね。

趙子昂『玄妙觀重修三門記』(以下『三門記』)です。

「え〜〜っ!?趙子昂?」

とか言わないで下さいね(笑)


この『三門記』、書道史のテキストや解説本などでは「楷書」として扱われている事が多いのですが、実際に臨書してみると、一見した印象から受ける以上に、極めて行書的な書である事に気付きます。

その意味ではいっその事「臨書のすすめ 行書」のカテゴリに入れてしまおうかとも思ったのですが、まぁ、カテゴリなんてのは便宜上の事ですから、余り深く考えずに「臨書のすすめ 楷書」に入れておきましょう。


さて、この『三門記』、楷書(や行書)の学習に於いて、更に言えば臨書学習に於いて、その対象に挙げられる事など殆んど無いのかもしれません。

ですが私が考えるに、良い意味でこれ程平易な書も他に無いだろうと思いますし、それこそ初学者が

「臨書というものをやってみよう」

と思い立った時、『九成宮醴泉銘』などよりも余程学びやすいと思います。

平易であるという事は分かりやすいという事ですから。


私見としては、起筆の方法が私が考える「基本」とは大きく異なるので、その部分のみ、初学者が学ぶにはネックになるかとは思いますが、それにしても、線質は淡白、字形は皆ほぼ正面向きで尚且つ極めて再現性が高く、線の太細はほとんど無し、更には空間分割は非常に簡潔、等々、その特徴を並べてみただけでもまるで学校の書写のテキストでも見ているかのようです。

肉筆ですから模糊とした拓本ものなどよりも遥かにその実体を掴み易く、文字数も豊富とまではいきませんが少なくもありませんので、正に初学者が学ぶにはうってつけです。

実用的な場面での応用を想定してみても、少し扁平な字形も含め葉書や封書の宛名書きにこの風をそのまま当てはめたとしてもぴったりでしょう。

しかもこの書、『九成宮醴泉銘』等の古典の特徴を物理的に再合成したような面を持っているので、そういった事を検討してみるのも、初学者にとっては非常に有益であるはずです。


と、ここまで「初学者向き」という点を強調してきましたが、だからと言ってこの書が初学者にしか向かないという意味では断じてありません。

この書のように、一見何の変哲も無いかのように見えるものこそ、実際に臨書してみる必要があると思いますし、臨書してみるからこそ、見えてくることもたくさんあるはずです。

ですから甘く見てはいけません。


この書は東博所蔵で、展示テーマが元代にかかる時なら必ずと言って良い程に出てくる言わばレギュラー組ですから、タイミングが合えば比較的簡単に実物を見ることが出来ます。

私もこれまでに何回か見ていますが、確かに見る者の情感を激しく呼び起こすような質のものではありません。

しかも、先述のようにその特徴自体が極めて平易ですから、例えば『九成宮醴泉銘』を見る時のように分析的な視点から捉えてみようとしてみたところで、すぐに行き着いてしまいます。

どこを取ってもとにかく平易で中庸ですから、とてもではありませんがカリカリのキンキンに研ぎ澄まされた『九成宮醴泉銘』には太刀打ち出来ません。


が、それでもじ〜っと見ていると、そういうものとは全く異なる世界がある事に気付きます。

その書姿はどこまでも淡々としていて、一点一画たりとも揺るがせにせず書かれてはいますが、先述のとおり『九成宮醴泉銘』のような研ぎ澄まされた緊張感ではありません。

とにかく、ただひたすらに「淡々と」なのです。

にも関わらず、単に無機的で無表情というわけでもない。

ここがポイント。


青山杉雨氏は彼の書を

「面白くはないが立派なもので、習練のたどりつける最高の限界」

と表現していまが、言い得て妙だと思います。


この評に対して

「面白くないんだ。じゃあ、やっても意味無いや。」

と思ってしまう人もいるでしょうが、考えてもみて下さい。


「修練のたどりつける最高の限界」

とありますが、これは裏を返せば、最高の限界に辿り着けるだけの修練を積んでこそ、初めて手に入れることが出来る世界だという事です。

それ程の修練、あなたは本当に積んできていますか?


只ひたすらに淡々と、平易で中庸でありながら、単に無機的で無表情なものでは終わらせない、このような書を、あなたは書く事が出来ますか?


正直言って、今の私にはとてもじゃありませんが書けません。


書法としての小手先の技術的な問題として、「書けるかどうか」を言っているのではありませんよ。

そんな事なら簡単な話です。

ここで言いたいのは、このような質感の、このような雰囲気の書の世界を作り出せるのか、という事です。


繰り返しますが、今の私には到底出来ません。


このような書というのは現代には最もアピールしないタイプの書なのだと思いますが、

「アピールしない」=「評価に値しない」

という図式としてのみしかこの書を捉えようとしないのは間違いだと思うのです。


何の変哲も無く淡々と書き進められているこの書は、言ってみれば「何の変哲も無く淡々と書き進められている」という無二の世界を持っています。

そしてその世界こそが、結果として趙子昂にしか表出し得ない世界なのです。


まぁ、こんな屁理屈は抜きにして、とにかく一度臨書してみて下さい。

「こんなの簡単だよ」

と思っていたはずが、実はそれほど甘くはないという事が分かってくるはずです。

お試しあれ。


それではまた。

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2007年03月09日

張猛龍碑

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今回は『高貞碑』の中でも度々名前が挙がった『張猛龍碑』を取り上げましょう。

テキストは今回も二玄社『中国法書選』を挙げておきます。

何から始めれば?楷書の場合」の回でも書きましたが、私はこれを『九成宮醴泉銘』『孔子廟堂碑』の後にやりました。

随分とやりました。

始めたばかりの頃は、『九成宮醴泉銘』や『孔子廟堂碑』のような折り目正しい姿のものとは全くと言ってよい程に異質な造形感覚にとても戸惑った事を覚えています。


一見すると、字画同士の力の均衡が取れないまま崩れてしまっているかのように見える字も多くあります。

ところが臨書を続けていくうちに、崩れているかのように見えたものが、実はしっかりと踏みとどまっていて、と言うよりも、

「そのバランスでなければ成り立たない。そしてそのバランスだからこそ美しい姿なのだ。」

という事が分かってきたのです。

その事に気付いてからは面白くてたまらなくなり、この碑にすっかり魅了されてしまいました。


話が少し逸れますが、一見簡単そうに見えたり単純そうに見えるものや、一見下手に見えるもの(というのもおかしな表現ですが)というのは、実際に自分で臨書(当然形臨ですよ)してみると、本当はそうではないという事がすぐに良く分かります。

何故なら、自分で臨書してみたものは明らかに下手なので(苦笑)、見比べて見るまでもなく

「なるほど・・・簡単そうに見えても実際にはそうはいかないな・・・」

とか

「う〜ん・・・本当の下手とはこれの事だよなぁ・・・」

と、自分の書いたものを見て嫌と言うほど実感出来るからです(笑)


さて、この『張猛龍碑』、これまでこのブログで取り上げてきたどの楷書よりも右上がりが強く、その分だけ、左への「前のめり」が強くなっています。

最初は右上がりの角度に慣れるだけでもなかなか大変かもしれませんが、この点は極めて重要なポイントですから、何が何でも体に叩き込んで下さい。


先にも書いたように、字画同士の力の均衡の取り方が、初唐の『九成宮醴泉銘』などとは異なりますから、ちょっとやそっとでは体に入ってこないかもしれませんが、この碑で四苦八苦しておけば、龍門系などを臨書する時に途方に暮れるという事にならずに済むと思います。

拓本を臨書する際に必ずついて回る「不明瞭な部分」の扱い方や、「筆法と刻法との絡み合い」といった問題も含めて、この碑で十分に苦しんでおく事は、決して無駄にはなりません。

高貞碑』の回でも書きましたが、この碑をやった後に『九成宮醴泉銘』や『孔子廟堂碑』を臨書しなおしてみると、それまで見えていなかった部分にあらためて気付く事が出来るでしょう。


今回はここまで。

それではまた。

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2007年03月04日

高貞碑

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今回は「臨書のすすめ 楷書」として『高貞碑』を取り上げます。

テキストはいつもどおり二玄社『中国法書選』を挙げておきます。


これまで「臨書のすすめ 楷書」として、『九成宮醴泉銘』『孔子廟堂碑』を取り上げてきました。

孔子廟堂碑』の回でも少し触れたように、本当であればここで『皇甫府君碑』でもやりたいところなのですが・・・我慢しておきます。

何から始めれば?楷書の場合」でお話した流れから言えば、次は『張猛龍碑』ということになりますが、あの話はあくまで私の臨書遍歴であって、あの順番がベストというわけではありません。

『九成宮醴泉銘』や『孔子廟堂碑』の臨書を続けてきた人が、いきなり『張猛龍碑』に取り組むのは、実際のところ少々大変だと思います。


「顔真卿は?」

という声が聞こえてきそうです(笑)

顔真卿は有名ですし人気も高いですが、私の私見としては、

「顔真卿の楷書は楷書の典型として考えるべきではない」

という意見なので、ここでは見送ります。

「さて、何を取り上げようか?」

と思案し、一時は欧陽通の『道因法師碑』まで考えましたが、色々考えた結果、今回は『高貞碑』を取り上げる事にしました。


『高貞碑』は北魏系とは言え、ここまで来ると、書道史的な変遷としても隋唐の楷書まであと一歩のところですから、非常に洗練された書姿を見せています。

『九成宮醴泉銘』のような初唐の楷書にのみ慣れた目にも、何とか大きな違和感無く入ってくるのではないでしょうか。


このブログではこれまで

「とにかく形臨、ひたすら形臨」

と繰り返してきましたが、拓本の姿そのままに形臨するという意味では、楷書に関してはこの『高貞碑』や『張猛龍碑』あたりがギリギリのところかもしれません。

龍門系の楷書までいくと、「そのまま形臨」と言ってしまうには色々と問題が出てきますからね。(問題の詳細についてはまたの機会に)

この『高貞碑』でも、入筆や転折の部分でそのままそっくり再現しようとするには難しいところが無いわけではありませんが、その辺りを悪戦苦闘することも、この先無駄ではないと思います。


「違和感無く」と言いましたが、それでも『九成宮醴泉銘』のような初唐の楷書を見慣れた目でこの碑を見ると、その入筆や転折の部分が刺々しく、荒々しい印象を受けるでしょう。

龍門系の造像銘に代表されるような北方系の楷書によって最大値まで外に顕された力強さや荒々しさは、時を経るごとに徐々に洗練され、北魏の末期に『張猛龍碑』やこの『高貞碑』を生み出します。

そしてこの後、その力強さは更に内に抑えられて隋唐の楷書美へと移行していくことになります。(あくまで内に抑えられたのであって、単に脆弱になったというわけではありません。)


龍門系の造像銘をやる前に、この『高貞碑』や『張猛龍碑』をやっておくと、隋唐の楷書から時代的に順を追って遡るというだけではなく、実際に臨書するに際しても、

「いきなり造像銘に手を出してはみたものの、どうしたらいいのか見当が付かない」

といった戸惑いを少しは軽減する事が出来ると思います。 

また、隋の墓誌銘などの小さなものを手掛ける前にこの辺りをしっかりやっておく事も必要でしょう。


『九成宮醴泉銘』は字画同士の力の均衡が一見冷淡なまでの静けさの中で実現されていますが、この『高貞碑』に見られる力の均衡には、まだ熱が残っています。

その分、外に溢れる刺々しさも『九成宮醴泉銘』と比較すると強いわけですが、楷書を学ぶという観点から見れば、それが一点一画の筆画的特徴をを明瞭にしてくれていると言えるわけで、結果として初学者にとっての学び易さにもつながっています。

但し、学び易いからと言って、決して簡単なわけではありませんから誤解の無いように。

入筆角度や字画の絡ませ方等、初学者でも気付く事の出来そうなポイントは数多いと思います。

この碑をしっかりやった後で、もう一度『九成宮醴泉銘』や『孔子廟堂碑』をやってみると、以前やった時には気が付かなかった色々な点に気付く事が出来るでしょうから、それを楽しみにじっくり頑張ってみましょう。


今回はここまで。

それではまた。

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初めてこのブログを読まれた方へ。

いらっしゃいませ。

あれこれ思いつくままに書いているので、書道独特の専門用語や人名などの固有名詞に関しては、その都度解説を付ける事はしていません。

初心者の方や学び始める以前の方には難解な部分も多かったかもしれませんが、お許し下さい。


「一言書いてみたいんだけど、みんなに読まれてしまうコメントに書くのは何だか気が引ける・・・」

という方や、

「何だか下手な事を書いたら説教されそう・・・」

という方、また、通信添削について御質問のある方は、下記のアドレスまで御意見御質問をお送り下さい。

誹謗中傷を目的としたような常識に反するもの以外、お返事させていただきます。

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2006年09月15日

孔子廟堂碑

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今回は虞世南『孔子廟堂碑』です。

本当は、せっかく『九成宮醴泉銘』をやったなら、そのまま『皇甫府君碑(皇甫誕碑)』とかやって欲しいんですが・・・

「『皇甫誕』は『九成宮』に比べて求心性が高いので」

なんて事を言っているとちっとも話が進まず、それこそ読者の皆さんに嫌われてしまいそうなので、虞世南です。


『孔子廟堂碑』と言えば、臨川李氏四宝の一つとして三井聴冰閣(現三井文庫)に帰した天下に名高い弧本です。

このブログでテキストとしてお話している二玄社『中国法書選』も、二玄社『原色法帖選』も、底本はこの三井本です。

弧本の場合、あれこれ影印本を選ぶ必要が無いので話が簡単ですね。


『孔子廟堂碑』は『九成宮醴泉銘』ほど見た目の厳しさがありません。

『九成宮醴泉銘』をひたすら臨書した後で『孔子廟堂碑』を臨書すると、最初のうちは何となく物足らなく感じるかもしれません。

一見すると何の変哲もないように見えるかもしれませんが、そこは天下の名帖、それほど単純ではありません。

これも『九成宮醴泉銘』の時と同じように、どれか一文字をパソコンで取り込んで、ほんの少し加工してみるとその凄さを感じやすくなると思います。

中国では

「『九成宮醴泉銘』は力を外に顕し、『孔子廟堂碑』は内に蔵する」

ということで、『孔子廟堂碑』の品格を一段上と見る向きもあるようですが、この見方には儒教思想との絡みもあるので、単純にどっちが上とか決め付けずに

「どっちも凄い」

と思っておいた方が賢明でしょう。


『九成宮醴泉銘』との顕著な違いとして、初学者の人がまず注意する点は

●入筆角度が『九成宮醴泉銘』のそれよりも緩やかであること。

●横画の右上がりが少ないこと。

の二点が挙げられます。


入筆角度が緩やかなため、起筆時に筆のバネをしっかり感じておきながら送筆に移るのが難しいかもしれませんが、ここでもやはり、

「トン!スーッ!トン!!」

なんて書き方は絶対にしてはいけません。

筆圧と送筆速度を一定に保ったまま書くことを意識し続けてください。

これまた最初は半紙に4文字大の大きさから始めると良いと思います。


さて、次回は何にしましょうか。

それではまた。

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2006年09月12日

前回の補足

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前回、『九成宮醴泉銘』について話しましたが、このブログを読んだ私の弟子から

「先生、いきなり『筆圧を一定に』って言われても、みんなよく分からないと思いますよ。それに稽古の時と同じ調子にあんまり皮肉っぽく話すと、読者に嫌われますよ。」

と指摘されてしまいました(苦笑)

素直に反省して、前回の補足です。


「筆圧を一定に」

というのはどういうことなのか?


サンプルを用意しました。

サンプル

単なる横画ですが、上と下とでは線が全く違います。

結論から先に言えば、下の線が「筆圧を一定に」保ったまま引いた線です。

次のサンプルを見て下さい。

サンプル

先のサンプルを裏から見たものです。

下の線は起筆部から送筆部、そして収筆部まで、同じように墨の色が裏側にまで達しているのが分かると思います。

一方、上の線は、墨の色が裏側まで達しているのは起筆部と収筆部だけで、送筆部の色が薄くなっているのが分かるでしょう。

つまり、送筆部の筆圧がすっぽ抜けてしまっているために、裏側にまで墨が達していないのです。

みなさんも自分で書いたものを裏側から見てみましょう。

線全体の墨がしっかりと裏側にまで達していますか?


もしも送筆部の色が薄くなってしまっているような場合には、送筆の速度をゆっくりにして、尚且つ一定にしてみましょう。

最初はどれほど線が震えてしまってもかまいません。

線が震えてしまうことを嫌うあまりに、速度を上げる事で線の震えを解消しようとする人が多いですが、それでは根本的な解決にはなりません。

見る人が見れば、線がすっぽ抜けてしまっているのは一目見れば分かります。

先ずはしっかりと一定の筆圧をかけられるように練習して下さい。


これは楷書に限った話ではありません。

「基本って何?」の回でも書きましたが、篆・隷・行・草・楷・仮名・ペン字、凡そ字を書くこと全ての根底にある一番重要な基本です。

基本ではありますが、ちょっとやそっとで体得出来るものではありません。

焦らずじっくりと取り組んで下さい。

詳しくは「基本って何?」の回をお読み下さい。

それではまた。


二玄社『中国法書選』

二玄社『原色法帖選』

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九成宮醴泉銘

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「臨書のすすめ」

まず第一回目は楷書、『九成宮醴泉銘』です。

初唐の三大家の一人、歐陽詢の代表的な書で、古来「楷法の極則」と呼ばれる名品です。

ここで詳細な解説など書かなくても、大抵の事は影印本に書いてありますし、ネットで調べようとすればいくらでも調べられますから、退屈な長話はやめておきますね。

ただ一つだけ。

前回の話どおり、ここでは

二玄社『中国法書選』

をもとに話を進めます。

これは単に、現在最も普及していて最も入手しやすい影印本と思われる、という理由に過ぎません。

『中国法書選』に所収の『九成宮醴泉銘』は、端方旧蔵のいわゆる『海内第一本』と呼ばれる三井文庫所蔵のものです。

『九成宮醴泉銘』の拓本で他に有名なものには、北京故宮博物館所蔵の『李祺本』があり、そちらは字画が『海内第一本』よりもやや太めで、趣が異なります。

ちなみに『李祺本』は二玄社の『原色法帖選』に所収されています。


最近では

「『李祺本』こそが『九成宮醴泉銘』の本面目だ」

という傾向もあるようですが、最旧拓の問題とともに、ここではその問題にはこれ以上触れません。(戻ってこれなくなりそうなので)

テキストにする場合にはどちらの拓をもとにした影印本でもかまいません。

両方学ぶ、ということであれば更に良いのは言うまでも無いことですが。


さて、

「九成宮なんて退屈・・・」

そう思ったあなた、節穴ですよ。


このブログを読んでいる皆さんの中にも、スキャナやデジタルカメラを持っているという人がたくさんいると思います。

試しにどれか一文字パソコンに取り込んで、点画の一部をほんの少しだけ加工してみてください。

「ほんの少し」というのがポイントです。

ほんの少し長さや太さや空間の粗密を変えてみただけで、その文字が保っているバランスが全く成り立たなくなってしまうことに気が付くはずです。

それ以上でもそれ以下でもない、全く過不足の無い絶妙のバランスで、この書の姿は構築されているのです。


『九成宮醴泉銘』というと、規矩に則った端正な姿としてイメージされている場合が多いかと思いますが、本当の凄さは実はこの絶妙なバランスにこそあります。

それを確かめてみる為の一つの方法が、前述した「加工」という方法なのです。

寸分の隙も無く構築されたバランスは、あまりに自然に全ての点画が収まっているために、それをただぼんやりと見ているだけではなかなか気付きにくいかもしれませんが、そのバランスを「ほんの少し」崩してみると、

「なるほどなぁ」

と感じやすくなると思います。


筆の使い方の枝葉末節だけを真似して「歐法」気取りになるのは、もう止めにしませんか。


最初は最低でも半紙に4文字大の大きさから始めましょう。

それよりも小さいと、自分の書いたものの粗が、自分で気付きにくくなります。

そして、とにもかくにも出来るだけそっくりに書こうと努力すること、つまり完璧な形臨です。


臨書の考え方について話し始めると、脱線したまま戻ってこれなくなりそうですから止めておきますが、

「そっくりに書けたところで何の意味がある?」

という意見には

「そういう意見は本当にそっくりに書けるようになってからにしましょう」

とだけお答えし、

「そんな臨書の仕方では型にはまって抜け出せなくなる」

という意見には

「我々凡人が10回や20回、全臨を繰り返したところで、型にはまることすら出来ませんよ」

とだけお答えしておきます。


実際に書く際には、このブログでも「基本って何?」という記事でも同様のことを書きましたが、一本の線を引く時に、

「筆圧を一定に保つこと」

「そのために送筆の速度を一定に保つこと」

という点が重要です。


「トン! スーッ トン!」

なんていう引き方をしていたのでは、それこそ時間と紙墨の無駄になるだけで、一生かかっても上達することなど期待出来ません。


最初は影印本の文字を、拡大コピーやパソコンでの加工によって半紙4文字大まで拡大して、それを手本にするのも良いかもしれません。


慣れてきたら影印本そのままの大きさを見ながらでも、思い通りの大きさに書けるようになります。


何度も全臨を繰り返すうちに、慣れれば2日間程度で全臨1回が出来るようになると思いますが、最初は一日4文字だけでも構わないので、じっくり取り組んで下さい。


繰り返しますが、とにかく「そっくり」にですよ。

「そっくりに書けるようになることの意味」

なんてものは、後からちゃんと付いてきます。

と言うよりも、そっくりに書けるようになった頃には、ちゃんと自分でその意味に気付いているはずです。


次回は何にしましょうか。

それではまた。

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