2008年01月30日

少し違うだけで

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今回の「試食」は『九成宮醴泉銘』です。

「臨書のすすめ」『九成宮醴泉銘』の回で触れた内容と重複する部分も多いのですが、御勘弁を。


この『九成宮醴泉銘』は「楷法の極則」として、つまりは楷書の典型として余りにも有名ですし、初学者が学ぶ事が多いので、少し段階が進んだ人からは、

「初学者が学ぶつまらないもの」

といったような印象を抱かれてしまっている場合もあるようですが、それは大きな間違いです。

以前このブログで取り上げた際にも書きましたが、この書、とても一筋縄でいくような単純なものではありません。


早速これを見て下さい。

九成宮醴泉銘『架』その2

この「架」、実物の一部分を加工して意図的にバランスを崩したものなのですが、何処が加工した部分なのか分かりますか?


次はどうでしょう。

九成宮醴泉銘『架』その4

これもやはり、実物の一部分を加工して、バランスを崩してみたものです。

「最初に実物を見せてくれなきゃ分かるわけないだろ」

と思った方、もう一度良く見て下さい。

私は何も

「何処が実物と違いますか?」

と質問したいのではありません。

「バランスが崩れている原因は何処なのか?」

を探して欲しいのです。

もう一つどうぞ。

九成宮醴泉銘『架』その3

どうでしょうか。


あまりもったいぶると叱られそうなので、答の前に実物を出しておきましょうね。

九成宮醴泉銘『架』その1

これが実物です。

あらためて実物とよく見比べて下さい。

実物を穴が空くほどよく見た後で、バランスを崩した3つを見ると、やっぱり何か変ですよね。


もうお分かりかと思いますが、最初の例は「木」の部分の横画が長過ぎます。

次の例は「木」部の縦画が細過ぎますし、最後の例は「木」部の左の点が内側に入り過ぎています。


「こんなちょっとの違いなんて気付くわけないよ。」

と思った方がいるかもしれませんね。

しかし、この程度の違いに気が付けないようでは、あなたの「見る力」はまだまだという事です。


その一方で

「これだけ違えば誰でも分かるだろ」

と思った方もいるかもしれませんが、実際に自分で臨書する時の事を考えてみて下さい。

今回試した例よりも遥かに大きく違ったまま、実物そっくりに形臨したような気になってはいませんか。

もしもそうなのだとしたら、自分が臨書したものを自分自身の目で実物と比較検討する際には、努めて冷静で分析的、尚且何よりも客観的な目で見なければなりません。

それが出来ていないとすれば、その場合もやはり、まだ「見る力」が足らないという事になります。


この『九成宮醴泉銘』は余りにも完璧な造形が成されいるが故に、只単に実物を何となく眺めているだけでは、それがどれ程高度なバランス感覚の上に実現されているのかが実感しづらい、という皮肉な面を持っています。


例えば

「一分の隙も無い厳格な構築性」

というような言葉で評される事の多い『九成宮醴泉銘』ですが、初学者の場合、いくらそう言われても、なかなか実感しづらいというのが本音だと思います。

この

「実感しづらい」

という本音は、『九成宮醴泉銘』に限った話ではなく、古典や名筆と呼ばれるもの全般と接した時に生じる、初学者にとっての最も大きな問題点かもしれません。


どこがいいのやら?」の回でも書きましたが、臨書の意味の一つとして、古典名筆の素晴らしさに気付く事が出来るだけの「見る力」を養う事が挙げられます。


臨書を繰り返す事によって

「一分の隙も無い」

と評される理由が次第に実感出来るようになってくるわけですが、それには当然そこまでの忍耐が必要になります。

ところが今はパソコンで簡単に画像を加工出来ますから、

「実際に本当にちょっとした事だけで、それ程にバランスが崩れてしまうのか?」

というのを、疑似的に体感出来ますよね。

あくまで擬似的なものでしかありませんし、忍耐強く臨書を繰り返した末に得られる実感とは比べるべくもありませんが、それでもただ話の上で聞いているだけよりは、多少なりとも実感に近づく事が出来るのでは、との思いからの試みでした。


これについては「臨書のすすめ」の『九成宮醴泉銘』の回でも触れていますし、『喪乱帖』の試食でも似たような事をやりましたが如何でしたか?

スキャナと画像加工ソフトがあれば誰でも出来ますので、興味があったら皆さんもやってみて下さい。


この『九成宮醴泉銘』に関しては私自身も随分と臨書を繰り返したので思い入れも強く、話したい事はたくさんあるのですが、また長くなり過ぎるので続きはまたそのうちに。

それではまた。

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初めてこのブログを読まれた方へ。

いらっしゃいませ。

あれこれ思いつくままに書いているので、書道独特の専門用語や人名などの固有名詞に関しては、その都度解説を付ける事はしていません。

初心者の方や学び始める以前の方には難解な部分も多かったかもしれませんが、お許し下さい。


「一言書いてみたいんだけど、みんなに読まれてしまうコメントに書くのは何だか気が引ける・・・」

という方や、

「何だか下手な事を書いたら説教されそう・・・」

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定期的にアップ出来ているわけではありませんが(正直言ってサボりがちです)、よろしかったらまた覗きにいらして下さい。
ラベル:書道
posted by 華亭 at 15:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 試食 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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