2008年01月10日

例えばこんな場合

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遅くなりましたが、新年明けましておめでとうございます。

去年はあまり(ちっとも)アップ出来ませんでした(汗)

「今年こそは頑張って」

と思いつつ、新年を迎えてから1度もアップせずにもう既に1週間以上が経過・・・

この調子だとやっぱりまたサボりがちになってしまいそうなので、焦らずのんびりとやっていくつもりです。

相変わらずとてつもなく地味で細々としたブログですけど、宜しくお願いします。



さて、新年一回目、前回の続きですね。


例えばこんな場合はどうでしょう。

ある初学者Aさんが筆を選ぶ際、どんな筆を選んでいいか分からなかったので、先生に相談したとします。

そこでAさんは先生に

「この筆がいいですよ。」

とある筆を薦められました。


その筆を素直に使い続けてくれる人は問題ありません。


ところが、このAさん、ほんの少し使ってみただけで

「何だか使いにくいな。」

と自己判断し、更には

「もっと良い筆を使えば書きやすいかもしれない。」

と、自分で筆屋に行って違う筆を買ってきてしまいました。


「何が悪いの?」

と思うかもしれませんが、先生はAさんのその時点までの上達具合やこれから先の練習の進め方等々を含め、更にはAさんの性格までをも考えた上で、色々な要素を考慮して、最も適当と思う筆を薦めたのです。

ところがAさんは、自分の判断で違う筆を買ってきてしまいました。


「筆屋できちんと相談すれば問題無いだろう。」

と思われる人がいるかもしれませんが、仮に筆屋さんがどれ程良心的であったとしても、先生以上にAさんの書に関する諸要素について理解しているなどという事はちょっと有り得ません。

しかも実際に書道用品店に行って店員に相談してみたところで、彼らは売るのが仕事なのであって、その人の書の力を的確に判断し、それに基づいた的確な指摘をするのが仕事なのではありません。


仮に筆屋さんが

「これが良いでしょう。」

と薦めてくれたところで、その筆がその時点での、そしてこれからのAさんにとって本当に適切であるのか、はなはだ疑問であると言わざるを得ません。


そもそも、ここでの

「使いにくい」

とか

「良い筆」

とかいうAさんの判断というのは、どれ程あてになるというのでしょうか。

前回までの話でも書きましたが、本当に正しい判断が出来るくらいなら、教室に通う必要など無い筈です。

それなのに、先生の判断よりも自分の判断を優先させてしまうというのでは、教室に通う意味など全くありません。



因みに、私にとっての良い筆とは、どのような筆を指すのだと思いますか?

答は簡単です。

「自分のイメージ通りの表現が出来る筆」

です。


ここで、勘違いしないで欲しいのですが、

「自分のイメージ通りの表現が出来る」

という事と、

「使いやすい、書きやすい」

という事とは、話が全く違います。


「自分の中のイメージを具現化する為には、どうしてもその筆でなければ。」

というのであれば、たとえその筆がその時点での自分にとってどれ程

「使いにくい筆」

であったとしても、

「書きにくい筆」

であったとしても、その筆こそが、その時の私にとっての

「最良の筆」

なのです。


例えば、羊毛の超長峰筆というのがありますが、あれなどは

「使いやすいか否か?」

という観点で考えたら、とてもではありませんが

「使いやすい」

などというものではありません。

仮に初学者が使おうとしてみたところで、全く使い物にはならないでしょう。


しかし、それでも間違い無く

「良い筆」

は存在し、敢えてそれを使う人もいるわけです。


どれ程使いにくく書きにくいものであったとしても、それを使いこなす為にこその技術であり、その修得の為の日々の練習なのですから。


閑話休題。

Aさんのような人に限って、先生の指摘を無視してまでわざわざ買ってきた筆も、しばらくすると

「やっぱりこの筆もダメ。」

と、次々と筆を買い換え続けてばかりで、肝心の自分の腕の方はいつまで経っても変化無し、という事になりがちです。

Aさんにとって最適であったはずの先生に薦められた筆を、Aさんの勝手な自己判断で拒絶してしまう事によって導かれる結果とは、せいぜいこのようなものなのです。

つまりは勝手な自己判断のせいで、とんでもない大間違いをしてしまう事になるのです。


これは筆だけの話ではありません。

道具全般にも当てはまる話ですので、気を付けましょう。



話が少々逸れますが、私の師はよくこう言います。


「フデで書くんじゃない。ウデで書くんだ。」


書きにくいのは筆の問題などではありません。

どこまでも、本人の腕の問題です。


繰り返しますが、仮に自分で

「使いにくいな」

と感じたとしたならば、使いにくいと感じなくなるまで練習する、というのが本来あるべき姿です。


思ったように書けないからといって、その理由を、自分以外の部分に求めようとしてはいけないのです。

思ったように書けない理由を自分以外の部分に求めるというのは、自分に対する言い訳を探している事に他なりません。

以前、どこかで書いたような気がしますが、こういう人は、夏になれば

「暑さで頭がボーっとして書けない」

と言い、

冬になれば

「手がかじかんで書けない」

と言い、結局は一年中、ちっとも書かない言い訳を探し続けているものなのです。


いつも言いますが、

「書きなさい!もっと書きなさい!!」

などと言いたいのではありません。


少ししか書かないのなら、それがその人の書との関わり方なのですから、それで何の問題も有りません。(但し、書かない分だけ進歩の速度は遅くなる、という結果も自分自身で受け入れなければならないのは言うまでもありませんが)

書かない事を言い訳する必要なんて無いんです。

それなのに、趣味でやっている人であれば尚の事、先生や自分自身に対する言い訳を探し続けるなんて・・・

それではやっていてもちっとも楽しくないではありませんか。



今回は何だか話があちこちに飛んでしまいましたね(苦笑)

とにかく、勝手な自己判断は危険です。

その裏には必ず勝手な思い込みが存在し、殆んどの場合、本人には

「勝手に思い込んでいる」

という自覚が無いのですから。


さて、次回は話を変えましょう。

それではまた。

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初めてこのブログを読まれた方へ。

いらっしゃいませ。

あれこれ思いつくままに書いているので、書道独特の専門用語や人名などの固有名詞に関しては、その都度解説を付ける事はしていません。

初心者の方や学び始める以前の方には難解な部分も多かったかもしれませんが、お許し下さい。


「一言書いてみたいんだけど、みんなに読まれてしまうコメントに書くのは何だか気が引ける・・・」

という方や、

「何だか下手な事を書いたら説教されそう・・・」

という方、また、通信添削について御質問のある方は、下記のアドレスまで御意見御質問をお送り下さい。

誹謗中傷を目的としたような常識に反するもの以外、お返事させていただきます。

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定期的にアップ出来ているわけではありませんが(正直言ってサボりがちです)、よろしかったらまた覗きにいらして下さい。
ラベル:書道
posted by 華亭 at 02:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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