2017年04月11日

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お久しぶりです。

4月3日の未明、私の師であった父が亡くなりました。

斎場の都合で日が経ってしまいましたが、今日、無事に告別式が終わりました。

90歳という高齢でしたし(私は父が43才の時の子です。)、もう2年以上も寝たきりの状態だったので、そう遠くはないうちにその時がやってくるという事を、家族は、そして恐らく本人も、ずっと前から覚悟していた中での最期でした。


私事で仕事を休む事をとても嫌う人だったので、亡くなった当日も、その後も、通夜(昨日)と告別式(今日)に重なってしまった以外の稽古の日程は一切休まずいつも通り行いましたが、当日、亡くなって僅か数時間後の稽古はさすがに精神的にキツかったですねぇ(苦笑)


書に於いて、私がどれ程に努力を重ね、自らの足跡を残す事が出来たような気になってみても、どこまで行っても、どの方向に進んでみても、そこには必ず父の足跡がありました。

父の足跡を見付けるその度に、言い様の無い大きな無力感に苛まれたのは事実ですが、それと当時に、父の足跡があるという事は、私の進んできた道は間違っていなかったのだ、という一種の安堵にも似た気持ちを覚えてきたのもまた一方の事実でした。

父は書について、具体的な事は殆ど何も教えようとはしませんでしたが、書との関わり方というものを、自分の姿を通してずっと私に見せ続けてくれていたのだと、今改めて思います。


亡くなる1週間くらい前だったでしょうか。

父に私の最近の作品の写真をスマホで見せながら、次回作の構想やこれから書いていきたいものについて、私があれこれ話した事がありました。

頷きながら話を聞いていた父は、

「不思議なものだなぁ。お前には何一つ教えてこなかったのに、ちゃんと、俺がやってきたのと同じような事を考え、同じようにやってる。よく頑張ってやってる。安心したよ。」

そう言って笑顔で何度も頷いてくれました。

書に於いて、父から「安心した」などという言葉を聞いたのは、その時が文字通り最初で最後です。

父の死後、母から聞いた話では、その日の父は私が帰った後も何度も「良かった。安心した。」と嬉しそうに話していたそうです。

子を心配する親心というものは、どこまでいっても尽きることがない、という事は、私も3人の子を持つ親としてよく分かりますが、この時の父の姿は、子として、弟子として、ほんの僅かながらでも父に安心してもらえる事が出来たのかもしれない、と私に思わせてくれるものでした。

そして、「お前の歩き方は間違ってなどいない。これからもそのまま進みなさい。」と言われたような気がしました。

今にして思えば、自分の最期が近い事を悟った父が、「安心した」と私に告げる事で、私を安心させようとしたのかもしれませんし、自分の死後に私が抱くであろう悔いを、少しでも軽くしようとしてくれた親心だったのかもしれませんが、いずれにせよ、今の私はその時の父のその言葉に救われた思いがしています。


これまでも「父に顔向け出来ないような仕事は絶対に出来ない」という思いがありましたが、父を失った今、その思いを改めて強くしています。

今の私は、父を失った悲しみと師を失った喪失感で、心の真ん中にぽっかりと大きな穴が開いてしまったような感覚ですし、

「これから先、父の足跡の無い場所にまで、果たして自分の力で辿り着く事が出来るのだろうか?」

という思いに押し潰されてしまいそうですが、「辿り着いてみせる」という強い気持ちを持ち続け、決して歩みを止めない事が、父が私に託した思いに応える事になるのだと信じて、これからも自分なりの歩みでやっていこうと思っています。

私は今47歳。

父が亡くなった90歳までは43年、その間、歩みを止めなければ、私にも父が見ていた景色を見る事が出来るでしょうか?

それには私も90歳まで長生きしなければいけませんね(笑)


今回の話、このブログの読者の皆さんには関心の無い、余りに個人的な話でしたが、私自身への決意として、ここに書き残しておく事にしました。

最後までお付き合い頂き有難う御座いました。


それではまた

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初めてこのブログを読まれた方へ。

いらっしゃいませ。

あれこれ思いつくままに書いているので、書道独特の専門用語や人名などの固有名詞に関しては、その都度解説を付ける事はしていません。

初心者の方や学び始める以前の方には難解な部分も多かったかもしれませんが、お許し下さい。


「一言書いてみたいんだけど、みんなに読まれてしまうコメントに書くのは何だか気が引ける・・・」

という方や、

「何だか下手な事を書いたら説教されそう・・・」

という方、また、通信添削について御質問のある方は、下記のアドレスまで御意見御質問をお送り下さい。

誹謗中傷を目的としたような常識に反するもの以外、お返事させていただきます。

尚、「この草書で書かれた文の読み方を教えて欲しい。」「この古典の訳を教えて欲しい。」といった主旨の御依頼は受けかねますので、何卒御了承下さい。

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定期的にアップ出来ているわけではありませんが(正直言ってサボりがちです)、よろしかったらまた覗きにいらして下さい。

ラベル:書道
posted by 華亭 at 20:32| Comment(4) | TrackBack(0) | 雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
御尊父さまの訃報に接し、謹んでお悔やみ申し上げます。御子息さまの姿勢に対し安堵されてのお旅立ち、これ以上ない最大の親孝行でございました。心よりご冥福をお祈り申し上げます。先生におかれましても、心身ともに大変のことと存じますが、くれぐれもご無理なさいませんように。
Posted by holy at 2017年04月18日 14:09
holy様
お久しぶりです。

御心遣いの御言葉、有難う御座います。

親との別れは誰しもが通る道ですし、私の場合、父が90まで生きてくれた事で、親子としても、師弟としても、思っていたよりも遥かに長い時間を過ごす事が出来ましたから、私は幸せなのだと思います。

父が私に託した思いに応える為にも、これからの日々を丁寧に生きていかなければと思います。

ブログ、放置が続いていましたが、また少しずつアップしていこうと考えていますので、宜しくお願い致します。
Posted by 華亭 at 2017年04月18日 15:22
初めまして、なおといいます。ただの通りすがりの者ですが「書道講座」から導かれて記事を興味深く読ませていただきました。
同じ筆を持つ立場としてわたしはまだまだ未熟者ですが、歳も近く書いてある内容も何か親近感を覚えまして、、、

もう一つ、最近の記事を拝見しました。お父様お悔やみ申し上げます。読み進むうちに本当にいい親子関係が築かれていたのが手に取るように伝わってきて羨ましくなりました。

会の人に昔勧められていたのを思い出し、検索からここに来て心温まりました。
私も数年前よりやっと環境が整い初心にかえってと自分を律したところでした。
お邪魔しました^_^

追伸、二玄社は売る気はあったようで新装版が出たみたいですね。知り合いの用具屋さんからのチラシの意味が二玄社さんのHPを見て今わかりました。ネットで中古をと思っていましたが、我が師の師も執筆されていますし一生ものなのでちゃんと新品を買おうと思いますf^_^;
Posted by なお at 2017年07月03日 23:01
なお様

初めまして。

先ず、御気遣いの御言葉、有難う御座います。
父が亡くなり丁度3か月経ちましたが、長かったような短かったような、何とも言いようのない3か月でした。

『書道講座』、「新装版」の回にも書きましたが、私も新装版を初めて見つけた時には本当にびっくりしました。
二玄社、売る気満々だったのですね(笑)

因みに、結局私は新装版は買わずに我慢したまま今に至っています。

このブログ、書のブログにも関わらず画像も少なく、私の屁理屈ばかりの地味なブログですが、またお暇な時にでも覗きにいらしてください。
Posted by 華亭 at 2017年07月04日 01:23
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