2013年12月07日

未来の為に今すべき事

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お久しぶりです。

放置が続くこのブログですが、数年来通信添削を受けていらっしゃる方とのやりとりの中で「閉鎖する事も考えた」とついつい弱音を吐いたところ、先日励ましの御言葉を頂戴しました。

怠け者の私に、本当に有り難い事です。

その方の御気持ちに僅かながらでもお応えすべく、久々のアップです。


1年程前から、普段私が書を教えている教室に通っている男性(Tさん)の話です。

このTさん、一言で言うと、とてつもなくせっかちなんです。

とにかくまぁ、この1年間、私がどれ程「もっとゆっくり、もっとじっくり線を引きましょう。」と繰り返し続けても、どうしてもチャッチャカとせっかちに引いてしまいます。

教室で練習する時には、毎回のように私が一緒に筆を持って「このくらいの速度ですよ。」と、実際の速度感を体感してもらっていますし、私が目の前で見ている時には「まだ速過ぎますよ。」と注意されながら書くのでまだ良いのですが、少し目を離すとすぐに元に戻ってしまいますし、自宅で練習してきたものを見てみると、

「どうしてこうなっちゃうんだろう・・・」

と、思わず(心の中で)大きく溜め息をついてしまいたくなる程、チャッチャカせっかち具合が改善されません。

そして、この1年間、Tさんが言い続けたのが、

「ゆっくり引くと線が震えてしまう。」

という事でした。


当然の事ながら、私は最初から

「今は線が震えてしまう事は全く気にする必要はありません。と言うよりも、気にしてはいけません。どんなに線が震えても構わないので、とにかく今はゆっくりじっくり引く事を最優先させて下さい。これは形骸化したお行儀や作法などといった類の話ではありません。震えてしまう事を気にしてそんな引き方をしていたのでは、何年経ってもしっかりとした線が引けるようにならないからです。いいですね。最優先させる事柄を自己判断してはいけませんよ。」

といった話を繰り返し繰り返し、言う方の私もうんざりするほど続けてきたのですが、それにも関わらず、Tさんはいまだに

「ゆっくり引くと線が震えてしまうので、ついつい速く引いてしまう。」

と言います。


そんな事を1年間も繰り返されたら、こちらもしまいには

「んじゃ、もう好きにしてよ・・・」

と言いたくなるってもんですが(苦笑)、そこは仕事、グッと堪えて呑み込んで、

「今は線が震えてしまう事は〜〜」

というさっきのくだりを繰り返すのです。


こうなるともう、書の練習としてどうのこうのというレベルの問題ではないと思うのですが、まぁ、それも含めての仕事ですから仕方ありません。


そうは言うものの、こちらも月謝を頂戴しているからには、少しでも前に進んで頂かなければなりません。

何と言っても、本人は上達したいと思っているのですし、だからこそ、息子のような歳の私に叱られ続けながらも、辞める事無く通い続けていらっしゃるのですから、それにお応えするのが私の務めでしょう。


そこで先日、

「今からする話、これまでにも何度も同様の事をお話させて頂きましたが、ここで敢えて苦言を繰り返します。もしも気分を害されましたら何卒お許しください。」

と前置きしてから、次のような内容の話をしました。


教室に通っていらっしゃる皆さんは、それぞれが自分なりに「字が上手になりたい」「上達したい」と思って教室に通っています。

それは言ってみれば、3か月先、半年先、1年先、という未来の自分が「こうなっていたい」と思う事に他なりません。

とすれば、「今現在の自分」がイメージする「未来の自分」に少しでも近づく為に、

「今すべき事」

があるはずです。

その「今すべき事」が自分で正しく判断出来るのであれば、時間とお金を使ってまで教室に通う必要などありません。

その判断がつかないからこそ、それを見極めてもらうためにこそ、専門的な知識や技術を持った私のところに通っているのであるはずです。

ところが、「線が震えるから」と言ってゆっくり書こうとしないのは、私の判断を無視したまま、全く何のあてにもならない自己判断に依ったまま、つまりは自己流に書いている、という事であって、そんな事で結果としての上達が付いてくるはずがありません。

実際、1年経った今でも同じ事を繰り返し続けているだけではありませんか。


「今の自分」(つまり今のTさん)が「ゆっくり引くと線が震えてどうにもならない」などという事は、私もよくよく承知しています。

だからこそ、「今はそれを気にしてはいけない。それよりも大切な事があるのだから。」と言い続けてきたのです。

「そっちではありません。こっちですよ。」と言い続けてきたのです。

にも関わらず、「今の自分」の判断を優先させて自分のやりたいようにやってしまうという事なら、その先に、「今の自分」がイメージしている「未来の自分」などいるはずがありませんし、「今の自分」の誤った判断に「未来の自分」までも道連れにしている、という事になります。

その事、お分かりになりますか?

お分かりになった上で、それでも自己判断に依るのでしたら、私はそれ以上何も申しません。

但し、結果としての上達を求められましても、正直申し上げて私も困りますので、その点は御理解下さい。



いや〜、重いですね〜(苦笑)

苦言も苦言、早い話が最後通牒ですから、私だってこんな話はしたくありませんでしたよ。


そもそも桁外れにせっかちなTさんですから、そんなTさんが筆を持てばやっぱりせっかちに書いてしまうわけで、線の引き方というのも、実のところそれが表面上の行動の1つとして顕れているに過ぎません。

ですから「人格変えなさい」と言われても無理なように、本質的にはどうなるものでもないのですが、それにしても、という話なのです。


未来の自分の為に今の自分がすべき事。

それが具体的に分かっていながらそれを実行しようとしないのなら、結果として、今から1年後も今の自分と何1つ変わる事などありませんし、変わるわけがありません。

その結果を自分で引き受けるのなら、それで自分が納得しているのなら何の問題もありませんが、「結果だけは欲しい」、というのでは、あまりに図々しいのではありませんか、というのが私の考えなのです。


今回の話、「随分と大袈裟だな」と思う方もいるでしょうが、他人事として済ませてしまわずに、少しでも自分に引き付けて考えて頂けたら、と思います。


それではまた。

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初めてこのブログを読まれた方へ。

いらっしゃいませ。

あれこれ思いつくままに書いているので、書道独特の専門用語や人名などの固有名詞に関しては、その都度解説を付ける事はしていません。

初心者の方や学び始める以前の方には難解な部分も多かったかもしれませんが、お許し下さい。


「一言書いてみたいんだけど、みんなに読まれてしまうコメントに書くのは何だか気が引ける・・・」

という方や、

「何だか下手な事を書いたら説教されそう・・・」

という方、また、通信添削について御質問のある方は、下記のアドレスまで御意見御質問をお送り下さい。

誹謗中傷を目的としたような常識に反するもの以外、お返事させていただきます。

nonbirishodo@mail.goo.ne.jp


定期的にアップ出来ているわけではありませんが(正直言ってサボりがちです)、よろしかったらまた覗きにいらして下さい。

ラベル:通信添削 書道
posted by 華亭 at 08:23| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
華亭先生

このたびは、師走のお忙しいなか、リクエストにお応へ下さり、かへって恐縮に存じます。初学者の、ことに先生入門の方には色々思ひあたる節がございませう。コメント欄読者のご参考まで、「自分にひきつけ」拙いエピソードをば。わたくしめ職業柄、「御朱印」といふものを書く機会が多い。寺社で集め回る、スタンプラリーを上等に(?)したものといへば、おわかりいただけませうか。墨書する内容はといへば「奉拝 ○○鎮守 ○○神社(寺) 平成○年○月○日」と僅々二十数字。そのためお願ひする側も1、2分で書いてくれるものと思ひ、こちらもそのやうに「チャカチャカと」対応してゐたのです。しかしながら書道を学び始めましてからは、さうはいかない。たとへ「立った線」が最初うまく引けなくとも、せめて丁寧に「ゆっくりじっくり線を引」かねば華亭門の名折れである。ところが参拝者の方々、なかなか待ってはくれないのですねエ。まだ寺社名も書き終はらないうちから、財布を取り出しては小銭をジャラジャラ、ついでこれ聞こえよがしに咳払ひをして催促に入る。ある時などは、何度も受付ブザーを鳴らされて平謝り。慌てて時計を見ると、十分以上は経過してゐましたから、まア無理もありませんか。日付のところは早々にして差し出したのですが、字を見ても納得はしてもらへませんでした。最近でこそ「(待った甲斐がありました。)ホントに丁寧で綺麗な字を書いてくださって」などとお世辞にも感嘆してくれますが、入門当初はかへって評判が悪くなってしまった。むしろ、以前の行草体あたりで威勢よく書きなぐる方が、なぜだか褒められたのです。ことほど左様に一般の方の書法観念は、豪快(めいて書く)か、さらさら(風)にといふののが抜きがたく牢固なものらしい。恐らくは、受講者のTさん、一年たっても一般の感覚から離陸できないのではとお察しする次第です。かつて比田井南谷翁は「一字臨書する間に、原本を百回くらゐ見なくてはいけない。その間、視線は原本と自分の字との双方の間を往復し」ながら学書されたときいてをります。(「楷書がうまくなる本」二玄社。14頁)いかに運筆を慎重丁寧にすべきか、初学者は肝に銘ぜねばなりますまい。さても「未来の自分」にはさしたる抱負も展望もないのですが、佐藤一斎翁のいふ「暗夜を憂ふること」なく、先生のご指導を「ただ一燈と頼」むばかり。今後ともどうぞ宜しくお願ひ申し上げます。ながながと失礼いたしました。holy拝
Posted by holy at 2013年12月10日 17:21
holy様

早速長文のコメントを頂戴し、有難う御座います。

御朱印、正に1発勝負ですから、急かされながらの御苦労、御察し致します。

この辺りの「時間」に関する話、実は以前から1度記事にしてみようかと思っていたので、折角の機会ですから近日中に書いてみますね。(と、ここで宣言してしまわないと、いつもの先延ばしの癖が出ますので(苦笑))

> ことほど左様に一般の方の書法観念は、豪快(めいて書く)か、さらさら(風)にといふののが抜きがたく牢固なものらしい。

抜きがたく、と言うよりも、元よりそういったイメージしか無いのでしょう。

現に、巷に溢れる「筆文字」なるものの大半はその類のものなのですから、無理もありません。

師としてはあまりに体たらくな我が身ですが、こちらこそ何卒宜しくお願い申し上げます。

Posted by 華亭 at 2013年12月10日 23:48
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