2007年02月25日

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不思議な話を一つ。

書の先生をしているのに、普段の字がとてつもなく下手、とてつもなく汚いという人がいます。

葉書の宛名は勿論、手紙なんて読むどころか見るに耐えません。

こういう人の場合、毛筆ではなくボールペンなどの一般的な筆記具で書いたものは特にひどいです。

書風がどうのこうのとか、そんな御立派な話ではありません。

ただとにかく下手、とにかく汚いというだけの話。

しかも本人はそれで平気な顔をしています。


「書の先生なのにそんな人っているの?」

と思うかもしれませんが、いるんです。


これは、極めて狭い視点でしか書を学んでこなかった人に起こる話で、それほど珍しい話ではありません。

特に公募展への出品にばかり目が行ってしまっている人には起こりやすく、こういう人の場合、完全に

「書を学ぶ事 = 出品作品の制作」

という学書態度になってしまっているので、公募展への出品作品以外は殆んど書こうとしません。

ですから、出品作品として書いているものから一歩でも離れた毛色のものは全く書かない、というよりも書けないのです。

普段の字に対する意識の低さは勿論の事、このブログで取り上げてきたような地道な臨書などは、全くと言ってもいいほどやろうとしません。


私の師は、こういう人間を

「展覧会屋」

と呼んで、一番嫌います。


必要悪その2」でも書いたとおり公募展の功罪については今ここで詳しく触れるつもりはありませんが、こういう人達までもが入選入賞を重ね、いつの間にか先生と呼ばれる立場に収まってしまい、しかも本人が何の疑問も感じていない、という一点だけ挙げてみても、その罪の部分は極めて大きいと言えるでしょう。


こういう人達は、筆を持つ時間の殆んどが出品作品の制作になってしまっているので、当然の事ながら、普段学んできた蓄積といった部分が全くありません。

そもそも公募展に限らず展覧会への出品というものは、普段の学書で蓄積してきたものを作品として昇華させたものを出品するというのが本来だと思いますし、普段の蓄積が全くないまま、公募展に出品するからといって作品を書いてみたところで、ろくなものは書けないと思うのですが・・・


この辺りの話はちょうど受験勉強の話に似ているかもしれません。

受験勉強が本当の勉強と呼べるのかどうかについては、色々意見が分かれるところではあるでしょうが、少なくとも

「受験の為だけの勉強」



「受験に合格する為だけのテクニック」

といったものが、本来の勉強というものとは根本的に異質であるという事は確かでしょう。


「公募展の為だけの練習」

「公募展で入選入賞する為だけのテクニック」

といったものが、本来の学書というものとは根本的に異質であるという事もそれと同様です。


普段の学書と作品制作、その時間的比率を考えれば、普段の学書の比率が高ければ高いほど、自分の中の蓄積は広く深いものになっていくわけです。(ただし、例えば1週間に30分しか筆を持たない人の時間的比率を考えてみても、あまり意味がありませんのでそのつもりで。)

普段の学書:作品制作=1:1

では話にならないでしょうし、ましてや1:2や1:3、更にはそれ以上というのでは、正直言って論外です。

私の個人的な意見からすると、普段の蓄積が全く無いのに、一体どんな作品を書こうというのか、そもそも作品を書こうなどと考えられる事自体が不思議でなりません。

私は、作品としての表現の実現などというものは、普段の蓄積分に対する利息分によって可能になるものだと思っているので、元本が無いのに利息だけを山ほど求めても、それは無理な相談です。


ところがそういう人にこの点を指摘しても、大抵の場合、

「そんな事を言っても、関係無い臨書なんていくら繰り返してみたところで、作品が上手に書けるようになるわけじゃないだろ」

と反論されます。


「関係無い」

などと考えてしまっている時点で、

「何にも分かってないんだねぇ・・・」

と言いたくなりますよねぇ(苦笑)


こういう人の作品は、本人が気付いていないだけで、やっぱり視野の狭い、底の浅い、何とも嫌な感じのする

「何にも分かっていないんだねぇ・・・」

と言いたくなるような作品でしかありません。

最初にも書きましたが、書風がどうのこうのとかいう御立派な話ではありません。

線が全く生きていなかったり、結体がバラバラであったり、などなど・・・

書風について語るなどという事のず〜っとず〜っと以前のレベルの話です。


「何でこんなはっきりしている事に気が付かないの?」

と思うのですが、気付くだけの目が養われていないのですから気付きようがないのです。

同様の話は「まがいもの」の回でも書きましたよね。


こういう場合はどうするか?

どうしようもありません。


もしもあなたがどこかの教室で書を学ばれていて、そこの先生の宛名書きや手紙の字が下手であるのなら、悪い事は言わないですから、今すぐその教室は止めてしまった方が良いですよ。

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初めてこのブログを読まれた方へ。

いらっしゃいませ。

あれこれ思いつくままに書いているので、書道独特の専門用語や人名などの固有名詞に関しては、その都度解説を付ける事はしていません。

初心者の方や学び始める以前の方には難解な部分も多かったかもしれませんが、お許し下さい。


「一言書いてみたいんだけど、みんなに読まれてしまうコメントに書くのは何だか気が引ける・・・」

という方や、

「何だか下手な事を書いたら説教されそう・・・」

という方、また、通信添削について御質問のある方は、下記のアドレスまで御意見御質問をお送り下さい。

誹謗中傷を目的としたような常識に反するもの以外、お返事させていただきます。

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定期的にアップ出来ているわけではありませんが(正直言ってサボりがちです)、よろしかったらまた覗きにいらして下さい。

ラベル:書道
posted by 華亭 at 16:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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