2007年02月15日

和漢朗詠集の補足

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前々回、『粘葉本和漢朗詠集』を取り上げましたが、今日、自分でその記事を読み返してみたところ、誤解されてしまうような記述がありました。

以下の部分です。



「和様」「唐様」といったものを理解する為には、単純に「日本人が書いた書」「中国人が書いた書」というだけでは全く意味がありません。

日本人が書いても「唐様」は「唐様」です。



これを読むと、「唐様」という概念には中国人の書いたものと日本人の書いたものと、その両方を含むかのような印象を抱くかもしれませんが、実際は違います。

「唐様」を時代的狭義に規定すれば、

「中国明代の文徴明などの書風に倣って江戸時代に行われた書風」

というのが通常言われるところだと思いますが、

そこまで時代的に制限しなくとも

「中国人の書風を倣って行われた書風」

くらいに考えておいてもいいかもしれません。


中国から輸入された書が時を経て、日本人独自の美意識に基づいた書姿を見せるようになり、それが日本人の書として定着していくのは当然の流れですが、その流れの中にあっても尚、敢えて「中国風を倣った書を書こう」という意識を強く持った人達もいるわけです。

広義では、そのように書かれたものを「唐様」と呼んでいるようです。

「和様」に対しての「唐様」ですので、話はあくまで「和様」が定着した後のことです。


「『風信帖』をいくら臨書しても和様は理解出来ない」

といった記述もしました。

これは、「和様」をただ単に

「日本人が書いたもの」

と考えるのは間違い、と言いたかったのですが、分かりにくかったですね。


空海の時代は、少しずつ「和様」と呼ばれる書姿が生まれつつある時代です。

「和様」定着前ですから、彼の書が「唐様」と呼ばれることはありません。(仮にそのようなことがあったとしても、強い違和感を感じます)

しかも空海は、同時代の中国の中でも比肩し得る例を容易には見出し得ない程の書格を漂わせた書を書いた人です。

「本場仕込が本場を越えた」

と言ったところでしょうか。

ですから、空海が日本人だからと言っても、空海の書をいくら臨書してみても、和様は理解出来ないのです。


いずれにせよ、「和様」や「唐様」というのは、日本人が書いたものについての概念ですので、誤解された方がいらしゃったとしたら、申し訳ありませんでした。


自分の書いたものを後から読み返すと、時々冷や汗をかきますね(汗)

このようなことがないようになるべく気を付けます。


それではまた。

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初めてこのブログを読まれた方へ。

いらっしゃいませ。

あれこれ思いつくままに書いているので、書道独特の専門用語や人名などの固有名詞に関しては、その都度解説を付ける事はしていません。

初心者の方や学び始める以前の方には難解な部分も多かったかもしれませんが、お許し下さい。


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定期的にアップ出来ているわけではありませんが(正直言ってサボりがちです)、よろしかったらまた覗きにいらして下さい。
ラベル:書道
posted by 華亭 at 08:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 臨書のすすめ 仮名 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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