2012年10月29日

知らないよりは

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最近、少々思い立って中国史のうち古代〜BC221までを勉強し直してます。(実は先日長女が緊急入院するなど色々な事が重なりまくり、ブログのアップを含めホントはこんな事している場合ではないのですが・・・何かしていないと気分的に余計しんどいので)

まぁ、勉強なんて言っても手持ちの本を数冊読み直しながらカードにあれこれまとめているだけなので、大げさな話ではありません。

春秋辺りというのは特に、様々な国同士の関係が複雑に絡み合い、それらの国の時系列が複数同時進行するわけですが、それらの時系列を個々に踏まえた上での横の繋がり(各国間の関係)が頭の中で今一つ整理されていないように感じていたので(ダメじゃん)、その辺りをすっきりさせておきたいと思ったので。


とにかく、先ずは縦の流れの重要事項を国別にカードに書き並べて、カード間で横の繋がりを確認し、それぞれの関連事項について書き入れていく、といった事をやっています。

Windows8が発売されて話題になっている(初期ロットに飛び付く気持ちが分かりません)昨今、何ともアナログ極まりない方法ですが、この作業を通して縦横の関係性を頭の中に定着させたい、というのが目的ですから、カードそのものは丁寧に作っているわけではなく、乱雑&テキトーです。

実際にやってみると、今までの自分の記憶がどれ程曖昧なものであったのかを思い知らされますね〜(笑)


ところで、古代から戦国辺りのきっちりした知識というのは、

「そんな事など知らなくても書を書くのには困らない。そもそも書を学ぶ上では直接的には必要とならないじゃないか。」

という意見もあるでしょう。

確かに、私が普段教室で書を教えている時でも、周の東遷があーだこーだ、斉桓公がどうした楚荘王がこうした、韓魏趙が晋を三分したからなんだかんだ、などといった話をする事などまずありません。(興味を持っている人が相手なら余談程度に少しはしますが。)


でも、知らないよりはやっぱり知っている方が良いと思います。

知っているからこそ見えてくる事も少なくない、というのも一方の事実であると思いからです。

極論すれば、中国に於ける思想や統治形態は、この時代までに殆どの原型が出尽くしているわけで、それ以降はそれらの焼き直しをしているに過ぎません。(ホントに極論。でもさすがに科挙は別ですね。)

三皇五帝も周文王も周公旦も、その人物像が後世の諸家によって都合の良いように脚色されている全くの虚像に過ぎないにしても、そこに彼らの主張する理想が仮託されてきた事は事実なわけで、それを知っておく事は、それ以降の価値基準の根底を押さえておく事にもなるはずです。

多少無理やり書に結び付けて考えれば、例えば周王の権威失墜と反比例して増大する諸侯の力と、青銅器製作の拡散と供に進む国(地域)ごとの文字造形の多様化とが、ほぼリンクしているように見えるのは決して偶然ではありませんし、その多様化した文字造形が、結果として小篆という1つの形に強制的に集約されてしまう過程は、所謂戦国の七雄が最終的に秦によって統一される姿そのままです。

ついでに言えば、あの小篆という造形を生み出した秦という国が採ったのが、他の諸家ではなく法家であり韓非子だったという事実は、私には極めて象徴的に思えるのです。

そのような国であったからこその造形、とでもいうべきでしょうか。

もっと皆さんに馴染みのあるところで言えば、張懐瓘の『書断』の中で『孔子廟堂碑』が『九成宮醴泉銘』よりも上である理由とされた、「虞則内含剛柔、欧則外露筋骨。君子蔵器。以虞為優。」という価値観の原型がこの時代にあると思えば、無条件で素通りしてしまうわけにはいかなくなるというものではありませんか。


繰り返しますが、このような話を全く知らずとも書は書けますし、直接的には関係ありません。

しかし、知らないよりは知っている方が良い、でしょう。

特に、普段「先生」などと呼ばれ、人様に書を教える立場にある人間であるのなら尚更です。


教室で余談ついでに歴史の話をすると、時々

「先生って書の先生ですよね?書の先生ってそんな事まで知らないといけないんですか?」

みたいに言われる事があります。

尤も、(いつも白状するように)私の歴史の知識自体は全くの素人レベル、まさに「知らないよりは知っている方が」といったレベルに過ぎませんが、それでも皆さんにとっては「書の先生」から聞く話としては随分とイメージを超えた範囲に思えるのでしょう。

そんな時には

「知らないよりはやっぱり知っている方が良いでしょ。」

と答える事にしています。


文字学の知識を身に付けようとする場合なども同様ですが、机に向かって出来る勉強と、実際に筆を持つ時間とは、そのバランスが難しいところです。

私達は文字学や歴史の研究者ではないのですから、筆を持つ時間を忘れてしまっては偏り過ぎですし、かといって普段の私達を省みると、ついつい筆を持つ事だけで済ませてしまいがちです。

「最低限の知識」と一言で言っても、それではその「最低限」という一線をどこに画するのか、というのも一概には言い切れない問題です。

ですから、いつでもその時点の自分自身にとって、一回り広い知識を求めようと意識し続ける事が大切なのではないかと思います。

それが、結果としてそれまでよりも深い理解と面白さを書に与えてくれるのではないでしょうか。

知らないよりは、です。

それではまた。
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初めてこのブログを読まれた方へ。

いらっしゃいませ。

あれこれ思いつくままに書いているので、書道独特の専門用語や人名などの固有名詞に関しては、その都度解説を付ける事はしていません。

初心者の方や学び始める以前の方には難解な部分も多かったかもしれませんが、お許し下さい。


「一言書いてみたいんだけど、みんなに読まれてしまうコメントに書くのは何だか気が引ける・・・」

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定期的にアップ出来ているわけではありませんが(正直言ってサボりがちです)、よろしかったらまた覗きにいらして下さい。

ラベル:通信添削 書道
posted by 華亭 at 08:11| Comment(4) | TrackBack(0) | 雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
華亭先生
御長女さま緊急入院されましたとのこと、先生の御辛苦いかばかりか、一刻も早い御快癒を遥かにお祈り申し上げることであります。
以下、思いつくままに感想を述べさせていただきます。
『書断』引用文を読んで、すぐに思い浮かんだのが詩経の一節です。すなわち
(以下某サイトより引用)
詩に曰わく、錦(にしき)を衣(き)て絅(けい)を尚(くわ)うと。其(そ)の文(ぶん)の著(あら)わるるを悪(にく)むなり。故に君子の道は、闇然(あんぜん)として日に章(あき)らかに、小人の道は、的然(てきぜん)として日に亡(ほろ)ぶ。君子の道は淡(たん)にして厭(いと)わず、簡(かん)にして文温(ぶんおん)にして理(り)なり。遠きの近きを知り、風の自(よ)るを知り、微(び)の顕(けん)なるを知らば与(とも)に徳に入る可(べ)し。と。
これは日本的謙遜のレベルを超えた、大陸人の熾烈なまでの権力闘争から生まれた言葉であることは申すまでもないかと存じます。
先生が引用されている韓非子からして、君主をいさめながらも死から免れる法をあれこれ列挙して、結局は無理なことだと、たしかいっておりました。そういえば文革時には百花斉放を真に受けて発言した多くのものが、一網打尽にされ無残にも殺されました。
とここまで書いて、欧陽も王鐸と同様、弐臣ながら、虞のごとき四臣であることに想到しました。政界遊泳術なんてレベルを超えた、処世術を欧虞ともに身につけていたのでしょう。私の思想的立場からは、欧虞いづれも非としますが。
ただここからが、書のかかわりとの問題なのですが、では顔真卿が思想的に正しいとして敬慕するとしても、その書の脂ぎったいかつさというのがどうも苦手でして。
結局のところ「書と人」「書と背景歴史」については、わからずにおります。
ながながと思いついたまま記しまして、失礼いたしました。
Posted by at 2012年10月29日 13:39
先ほど名前を記すのを忘れており、失礼いたしました。 holy拝
Posted by holy at 2012年10月29日 13:41
holy様

コメント有難うございます。
名前は無くとも分かりましたよ(笑)

君子蔵器(『易経』繋辞伝「君子蔵器於身」)については、彼らの価値基準の拠り所を知らないままにいきなり「君子は〜」と結論付けられても、皆さん「はぁ・・・そうですか・・・」となってしまいそうな気がします。

多少なりとも知っていれば、「結局最終的にはそれを持ち出してきちゃうのね」と、客観的に冷静に受け取る事が出来るのではないかと思い、今回の話となりました。

他の点につきましてはちょっと長くなりそうですので、改めてメールさせて頂きますね。

Posted by 華亭 at 2012年10月29日 16:15
このたびは、御息女さま緊急入院の折にもかかわらず、別便にて更なる懇篤のご教示、どうも有り難うございます。さて、最初に訂正なのですが、上記の拙文にある「詩経の一節」は「詩経を引いた中庸の一節」であります。読み返して冷汗三斗、お恥づかしいばかりです。顔真卿につきまして、「楷書体という鋳型に顔真卿という人間性を流し込んだら、その余りの熱量に鋳型自体が溶け出した。それが彼の楷書です。」とのお言葉、誠に至言と存じます。もしやコメント欄をお読みの方もあろうかと、ここに紹介させていただきます。また追ってメールにて感想を申し述べたく存じます。取り急ぎ御礼まで。ご家族皆様のご健康、切に念じております。
Posted by holy at 2012年10月30日 16:53
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