2012年10月22日

原寸大臨書について

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先日通信添削についてのお問い合わせを頂いた方から

「初心者が原寸大臨書をやる事についてどう思いますか?」

といった内容の御質問を頂きました。

このブログの読者の皆さんの中にも同様の疑問を持たれる方がいらっしゃるかもしれません。

この辺りの話については、普段の教室や通信添削では色々な場面で何度も話してきているので、てっきりこのブログでも書いたとばかり思い込んでいたのですが、どうやらきちんと書いた事がなかったようですね。

せっかくなので、私の考えについて書いておこうと思います。

実はやっぱり何処かに書いてあるのかもしれませんが、正直な話、過去記事全てを読み直したわけではないので、もし見付けた人も殊更に指摘のコメントをしたりせず、黙ってそのまま見なかった事にしておくのが大人のマナーというものですね(ウソ)


さて、結論から言えば、初心者の方には原寸大臨書はお勧め出来ません。

何故でしょうか?


先ずは半紙4文字大に書く場合を考えてみます。

このくらいの大きさですと、例えば自分の書いたものが手本よりも長くなり過ぎたり短くなり過ぎたりした時、その違いはすぐに数センチの違いとして顕れますから、この数センチという違いであれば、初心者でも自分自身で「違い」として認識する事が可能です。

そしてその認識の上で、その数センチの違いを修正していこうとする事も出来ます。

尤も、以前にも書いたとおり(「元を辿ろうにも」の回参照)、私に指摘されてすら尚その違いがなかなか実感出来ない、という場合も少なくないというのが実情なのですが、それでも手本と自分が書いたものとを重ねたりすれば、「あ〜なるほど。確かに随分違ってる。」と思ってもらう事は出来ます。


ところが、これが原寸大のような大きさ(小ささ)になってしまうと、途端にその違いが1ミリあるかないか、という微細な話になってしまいます。

すると、仮に私にその微細な違いについて指摘されたとしても、その1ミリあるかないかの違いが実質的にはどれ程「大きな違い」であるのか、という事が初心者には実感認識出来ないのです。

何といっても見た目には1ミリあるかないかの違いにしか過ぎません。

数センチの違いですらなかなか気付かないのですから、1ミリあるかないかの違いに気付けと言われても、それは無理な話というものですし、ましてやそれを「大きな違い」として実感認識しろと言われても、全くピンとこないでしょう。

となると、この微細な(実質的には極めて大きな)違いについて、自分自身でしっかり実感認識したその上でそれを修正していく、などという事は、初心者には至難の技ですし、更に正直に言えば殆ど不可能な話なのです。


世間に溢れているボールペン字講座(通信は特に)に対して私が極めて否定的な意見を持っているという事については、このブログの読者の皆さんはお気付きだと思いますが、その理由の1つがこれです。(他にも理由はありますが、その話を始めると際限無く話が脇道に逸れてしまうのでここでは触れません。)

一般的なボールペン字の手本の字粒と比べると、例えば『九成宮醴泉銘』などの字粒は随分と大きなものになりますが、その大きさですら無理なのです。

更に小さい字粒に対しての0.数ミリの長さや位置の違いについて、しっかり実感認識した上でそれを修正していく、などという事が、ボールペン字を習い始めたばかりの人達に出来るわけがありません。

そんな事が出来るくらいなら、世の中の人は皆とうの昔にきれいな字が書けるようになっていますよ(苦笑)


閑話休題

原寸大臨書についてはもう1つ、筆の扱いについても先程の話と同様の問題が起こります。

私は普段、教室でも通信添削でも、筆のバネが効いた線(私は立った線と表現します)が引けているかどうか(引けるようになるような正しい練習をしているかどうか)という事を何より最重要視して指導しますが、この「筆のバネ」を身体(筆を持っている指先)で体感するという事自体、初心者の人達にとってはそう簡単な事ではありません。

半紙4文字大を書くには一般的には4号程度の太さの筆を使う事が多いと思いますが、その程度の太さの筆で半紙に4文字大程度の大きさを書く時ですら、筆のバネを体感しながらというのは初心者の人達にとっては簡単ではありませんし、実際に「立った線」をある程度体得出来るようになるまでには、どんなに早い人でも数ヶ月〜半年、人によっては数年間という時間が必要です。

それを原寸大で書くような細さの筆でやろうとする場合、当然の事ながら筆が細くて書く字が小さい分だけ極めて繊細なコントロールが要求されます。

初心者の人達がいきなりそれをやろうと思っても、結局いつまで経っても「筆のバネが体感出来ない」という事になり、結果、いつまで経っても「立った線」というものが理解体得出来ない、という事になってしまうのです。

それこそ気付かない人は何十年経っても気付きません。


以上の理由から、私は初心者の人達には原寸大臨書をお勧め出来ないのです。


今回の話からすると、当然漢字だけではなく仮名でも全く同じ事が起こります。

一方で私の通信添削では仮名の場合には基本的に原寸大臨書という事でお願いしているのですが、これは、

筆を持ったばかりの人がいきなり仮名の原寸大臨書をやろうとする事は殆どない、というのが実情。

大抵の場合、大きな字から小さな字へと段階的に練習を積んできた人が更なる段階として原寸大臨書に取り組む、という場合が殆ど。

もともと仮名を学ばれている方は原寸大への指向が極めて強く、「あの古筆を書けるようになりたい」といった憧れや希望を持っている人が多い。

という理由から、仮名の場合には基本的には原寸大臨書で、という事でお願いしています。(但し、私から見て「この人にはまだ無理」と判断した場合には、原寸大臨書はひとまず止めてもらっています。)


それから今回の話というのはあくまで、

「初心者がいきなり原寸大臨書をやる事には無理がある。」

という話であって原寸大臨書そのものを否定したものではありませんので、そこは誤解しないようにお願いします。

「臨書は原寸大で」といった考え方を持った人がいる事は当然私も知っていますし(金田心象氏などが有名ですね)、原寸大臨書の重要性も十分理解しています。

長年書を学んでいながら原寸大臨書をやった事がない、という人に対しては、「それは如何なものか」と苦言を呈したくもなります。

ただ、初心者がいきなり、という事にはやはり賛成出来ないのです。

色々な考え方があるでしょうが、その中の1つとして、今回の話も聞いて頂けたらと思います。

それではまた。
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初めてこのブログを読まれた方へ。

いらっしゃいませ。

あれこれ思いつくままに書いているので、書道独特の専門用語や人名などの固有名詞に関しては、その都度解説を付ける事はしていません。

初心者の方や学び始める以前の方には難解な部分も多かったかもしれませんが、お許し下さい。


「一言書いてみたいんだけど、みんなに読まれてしまうコメントに書くのは何だか気が引ける・・・」

という方や、

「何だか下手な事を書いたら説教されそう・・・」

という方、また、通信添削について御質問のある方は、下記のアドレスまで御意見御質問をお送り下さい。

誹謗中傷を目的としたような常識に反するもの以外、お返事させていただきます。

nonbirishodo@mail.goo.ne.jp


定期的にアップ出来ているわけではありませんが(正直言ってサボりがちです)、よろしかったらまた覗きにいらして下さい。

ラベル:通信添削 書道
posted by 華亭 at 03:11| Comment(2) | TrackBack(0) | 考え方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
待望のアップ、どうも有り難うございます。ボールペン字講座がダメな理由のひとつ、よくわかりました。なお、腰の調子の方、だんだんよくなってきました。御心配かつお励ましのメッセージを先日は頂戴しまして、感謝申し上げます。
Posted by holy at 2012年10月22日 15:28
holy様
コメント有難うございます。

最近色々と重なり、正直なところブログをアップしているような状況ではないのですが、そんな時ほど無理してでもアップしたくなるひねくれ者です(苦笑)

御身体改善の兆しとの事、何よりです。
これからの季節、暖かくしてお過ごしください。
Posted by 華亭 at 2012年10月22日 17:07
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