2012年06月21日

アプローチの違いに関する考察。その1

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未練がましく御蔵入りだったネタを掘り起こしてみますが、果たして話の収拾がつくのか、と〜っても不安です(汗。こういうのを見切り発車といいます。)


目指すところは同じでも、そこに向かうアプローチの方法が異なる。(因みにゴルフの話ではありません。ゴルフやらないので。)

これは様々な場面で起こり得る話ですが、書を学ぶ時にも当てはまるように思います。

実際的には「学ぶ側」単独の問題としてよりも「学ぶ側」と「教える側」との関係性をも含んだ問題として扱う方が妥当かもしれませんが、このブログの読者の方々の中には「教える側」の介在しない独学という方法で学んでいる方も少なくありませんし、なるべく皆さんに当てはまる話として考えてみたいと思います。


さて、ここでは便宜上、手本そっくりに書く事を一応の目的(目指すところ)としておきますが、例えば初学者に書を教える際(独学の方、暫くお待ちを)、大まかには

「最初はあまり細かい事までは指摘せず、先ずは萎縮せずにとにかく筆で書くという行為が思い切って出来るようになる事を心掛けさせる。」

という方向からのアプローチ(以下A)と、それとは正反対に、

「最初から段階に応じて積極的に細かい事も指摘し、出来得る限り詳細な視点を持てるようになる事を心掛けさせる。」

という方向からのアプローチ(以下B)の2通りがあるように思います。(勿論これ以外の分け方も出来ますが)


Aの場合、

「最初はどれ程に線や字が暴れても気にしなくてOK。それは書いていくうちに徐々に収っていくから。」

という立場です。

この立場では、Bが求める「詳細な視点」についても、「書いていくうちに獲得出来る」という考え方が前提にあるので、「最初はあまり細かい指摘まではしない」という事になります。


一方Bの場合、

「最初はどれ程に線や字が萎縮しても気にしなくてOK。ある段階までいけば萎縮せずに書けるようになっていくから。」

という立場です。

この立場では、Aが求める「筆で書くという行為が思い切って出来る」という点についても、「ある段階までいけば思い切って出来るようになる」という考え方が前提にあるため、「最初から段階に応じて積極的に細かい事も指摘する」という事になります。

まぁ、ものの見事に正反対ですね(笑)


「細かい事を気にし過ぎず、のびのび書きましょう。」

というのはAの先生の決まり文句ですし、

「只がむしゃらに書けば良いというものではありません。」

というのはBの先生の口癖です。

「書の難しさについて最初はあんまりあれこれ言い過ぎない。」

というのがAの教え方であり、

「書の難しさについて最初からしっかり身に染みてもらう。」

というのがBの教え方である、とも言えそうです。


ここまで読んで、以前からのこのブログの読者の方はお気付きかと思いますが、私は基本的にはBですね。

尤も、「何が何でもB」という話ではなく、当然状況を見ながら臨機応変に対応する事になりますので、「どちらかと言えばB」といった感じではありますが。


さて、今回の話、私がBだからといって、「Bでなければダメ」という話なのではありません。

冒頭にも書きましたが、A、Bの違いはアプローチの方法の違いであって、目指すところの違いではありません。

只、皆さんに普段の自分の学び方を振り返ってもらう為にも、それぞれについてもう少し考えてみたいと思います。

思いますが、話が長くなってきたので続きは次回に。(実は最後まで話がまとまっていない、というのはここだけの話)

頑張ってちゃんと早目にアップしますから(ホントか?)、自分の先生はA、B、どちらかと言えばどちらに当てはまるかを考えておいて下さい。

それではまた。

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初めてこのブログを読まれた方へ。

いらっしゃいませ。

あれこれ思いつくままに書いているので、書道独特の専門用語や人名などの固有名詞に関しては、その都度解説を付ける事はしていません。

初心者の方や学び始める以前の方には難解な部分も多かったかもしれませんが、お許し下さい。


「一言書いてみたいんだけど、みんなに読まれてしまうコメントに書くのは何だか気が引ける・・・」

という方や、

「何だか下手な事を書いたら説教されそう・・・」

という方、また、通信添削について御質問のある方は、下記のアドレスまで御意見御質問をお送り下さい。

誹謗中傷を目的としたような常識に反するもの以外、お返事させていただきます。

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定期的にアップ出来ているわけではありませんが(正直言ってサボりがちです)、よろしかったらまた覗きにいらして下さい。

ラベル:書道 通信添削
posted by 華亭 at 07:31| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ゴルフでも同じでした。最初は曲がってもええから出来るだけ飛ばせ!慣れてくればフェース自然にまっすぐになる、って言うレッスンプロと、最初変な癖つけたらもうダメ! まず正確な動きを学ばなきゃダメ!って言うレッスンプロと。 

私は後の方が好きでした。キチンと当てられるようになったら、そのまま力入れて振れば遠くへ飛ぶようになると思ったので。しかし、なかなか遠くへ飛ぶようにならなかった。??。 元々パワー不足なのか、思いっきりやる事を最初に学ばなかったからなのか、分からないです。しかし、感心されるほど真っ直ぐには飛んでいました。

youtube で中国の小学生が書法を学んでいました。それはそれは恐ろしく厳格な教育でした。48手だか96手だかの中国書法があるらしいですが、それをやっていました。まだ小さい子なのに。 中国人の字の上手さはこれだな!と思いました。

中華屋でサンマーメン注文して、おばちゃんが置いていったその伝票のサンマーメンの意味の漢字が上手いのなんのって、臨書したくなりました。
Posted by nojio at 2012年06月21日 11:31
nojio様

コメント有難う御座います。

「体の使い方を覚える」という意味に於いては書もゴルフも同じなのだと思います。

中国では「書道」ではなく「書法」と呼びますが、「書法」という語自体に既に中国人の考え方が顕れているように思います。

四十八手云々となると、今度は書の本質から余りにも解離してしまいますが、まぁ、その是非は別として、中国人の感覚が日本人のそれとは根本的に異質なものであるという事を象徴している一場面とは言えるでしょうねぇ。

因みにYoutubeは玉石混淆ですから、参考にはしない方が宜しいかと思います。
Posted by 華亭 at 2012年06月21日 16:15
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