2012年04月04日

問題に対する視点

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いや〜、今年の冬は厳しくて長かったですね〜。

桜の開花がこんなに遅くなったのはいつ以来でしょうか。

桜…

花見っ!

部屋に閉じ籠もって筆持ってる場合じゃありませんぞ!

とか何とか気分だけは浮かれつつ、人混みが大の苦手な出不精ブログへようこそ。


前回の話とも絡みますが(前回っていつだっけ?は禁句)、書とは単に筆の使い方を覚えれば良い、という程単純なものではありませんし、かと言って字形だけを学ぼうとしてみても、やはりそれだけでどうにかなるようなものでもありません。

前回は筆法と字形と、その両方に対する意識が分離しないように、という話でしたが、実際にはもっともっと広範な領域の内容が視野に入っている事が求められます。

それらについて具体的にここで話し始めると際限無く話が拡がってしまいますので、今は止めておいて、皆さんにももう少し身近なところで。


私は普段教室で、

「書が上達するためには総合力の底上げが必要」

という話をよくします。

更に言えば、書の上達には総合力の底上げ以外に方法は無い、というのが私の考え方です。


書の上達を考えた時、無理もない事ながら、皆さんはどうしても目前の個々の問題にばかりとらわれてしまいがちです。

それこそ「楷書のはね方が上手くいかない」「はらいが駄目だ」といった具合です。(私が時々枝葉末節と呼ぶような事ですね)


ところがこれ、あまりよろしくありません。


今ここで、話を単純化するために(総合力とか言いつつ早速話が矛盾するようですが)内容を敢えて筆法に限定してみましょう。

「はねが上手くいかないから、はね方を練習する。」

この事自体は自然な話ですし、問題はありません。

しかし、問題に対してもう少し俯瞰した視野を持ってみると、

「筆で字を書く際に必要となる肉体的感覚全般」

が不足しているからこそ、はねもやっぱり上手くいかない、という、広い意味での問題が見えてきます。

つまり、上手くいっていないのははねばかりではない、という事ですよね。

今はたまたま目前のはね方に意識が向いているというだけであって、全般に於ける力量不足は当然のように、はね方だけではなくはらい方や止め方、更にはありとあらゆる場面に於いて、筆の動きの未熟さとして露見しているはずなのです。

この状態ではね方ばかり練習して、「はねを完璧にしてから次に」などと思ってみても、皆さんが期待するような成果はなかなか上がってくれません。

全般的な底上げ無しに末節的な部分のみ完璧にしようと思っても、そもそもそれは無理な話なんですよ。

何故なら、感覚全般に於ける総合力こそが、結果としてその一端であるはねをも可能とするのですから。

本当に必要なのは「感覚全般の底上げ」なのであって、全般から見たらその一端に過ぎない末節的なはね方ばかりを練習してみたところで、結局は対処療法にしか(実際には対処療法にも)ならず、根本的解決にはならないのです。


この辺りの話、発想の順序が皆さんと私とでは反対になっているのがお分かりになるでしょうか?

末節的な解決をいくつも積み重ねる事によって全般的な力を蓄積を出来ないか、と考える皆さんに比して、全般的な底上げさえ出来ていけば、末節的な部分は自然と出来るようになる、というのが私の考え方です。


今は話を筆法に限定していますが、視野を更に「字を書く事に関わる全般」にまで拡げた場合、皆さんにとっては話が余計に漠然としてしまうのかもしれません。

ですが(繰り返しになりますが)、全般的な問題を棚上げしたままの末節的な解決というのはやはり無理な話です。


確かに感覚全般の底上げをしようとすると、目前の問題はその場では解決されませんし、極めて地味で地道な蓄積が要求される事も事実です。

目前の問題とは一見無関係に思える事(実際には深く関係するのですが)に時間と手間を費やす事にもなりますから、何だか遠回りをさせられているように感じる事も少なくないのでしょう。


しかし、例えば積み木をなるべく高く積み上げようとするには、一番下の段を可能な限り広く隙間無く並べておかなければなりません。

ところが一番下の段を並べている間はちっとも積み木の高さが変わりませんから、皆さん自らの変化を実感する事が出来ず、その停滞感に堪えきれなくなるのでしょうね。

すると皆さん、一番下の段をちっとも並べていないうちに、とにかく上へ上へと積み上げようし始めてしまいます。

しかしそんな事をしてみても、積み木はすぐにぐらつき、結局は全て崩れてしまいますよね。

それと同じような事なのです。


ではどうすれば良いのか?

全般的な総合力と言われても、皆さんにとっては何をどうすれば総合力の底上げになるのかが分からないでしょう。

ですから話を日常の練習場面に落とし込んでみます。

先程も書いた通り、例えば筆法についてでしたら、目前の問題にばかり固執しないように気を付ける事が重要です。

具体的に言えば、「とにかくはねを完璧にマスターしてから次に」みたいな考え方を捨ててしまう事が出来るかどうかです。

目前の問題にばかり固執しないようにするには、以前触れた事のある、「とりあえず保留」という意識の持ち方も必要でしょう。


字形で言えば、「この字の形が上手く取れない」といった問題意識の持ち方も一考しなければなりません。

今はたまたま目前の字が気になっているだけなのであって、形が上手く取れていないのは、決して目前のその字ばかりではないはずなのですから、これまた一歩引いた視点から「字形を取る際に気を付けるべき様々な要素全般」についての力量不足、といった広い意味での問題意識を持つような心掛けが必要です。


つまり、様々な場面に於いて、目前の問題よりも一歩引いた視点から問題を捉え直そうとする意識を持つ事が重要と言えるでしょう。

理想的にはもっと大きく俯瞰した視点を持ち得れば良いのですが、いきなりそれは無理と言うものですから、先ずは一歩引いてみる、という事から始めてみては如何でしょうか。


尤も、教室での実際で言えば、この辺りの指摘は当然の事ながら先生の側からあるはずですから、その指摘をどこまで素直に聞いて実践出来るのか、という事になるのだと思います。

これまでにも度々このブログで触れてきましたが、先生からの指摘を本当の意味で素直に聞く事が出来る人って、実は非常に少ないのが実情です。

本人は無意識だとしても

「先生は『そこは取り敢えず保留にしておいて下さい』って言うけど、やっぱり気になる」

と、せっかくの指摘を受けながらも、目前の問題に固執して自ら視野を狭めてしまっている人、本当に多いですから。


視野を広く持つ事が出来るようになればなる程、冒頭に触れたような単に筆の扱いや字形の取り方だけではない部分、分かりやすい例では書道史に対する理解の必要性などといった事も、自然とその視野の中に入ってくるでしょうし、それによって、書の広さや深さに改めて気付かされるという事もあるでしょう。

「何でペンで書いた字が上手くならないのか?」

「どうして最初から小筆での実用的な細字の練習をやらせてはくれないのか?」

「何故日常で使う事のない草書の練習をさせられるのか?」

といったような、普段皆さんが抱きがちな疑問の数々も、一歩引いた視点から問題を眺め直してみると、また少し違った意味で捉える事が出来るのではないかと思います。


この地味なブログも、皆さんの視野を広げる一助になれば嬉しいのですが。

今回はここまで。

それではまた。
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初めてこのブログを読まれた方へ。

いらっしゃいませ。

あれこれ思いつくままに書いているので、書道独特の専門用語や人名などの固有名詞に関しては、その都度解説を付ける事はしていません。

初心者の方や学び始める以前の方には難解な部分も多かったかもしれませんが、お許し下さい。


「一言書いてみたいんだけど、みんなに読まれてしまうコメントに書くのは何だか気が引ける・・・」

という方や、

「何だか下手な事を書いたら説教されそう・・・」

という方、また、通信添削について御質問のある方は、下記のアドレスまで御意見御質問をお送り下さい。

誹謗中傷を目的としたような常識に反するもの以外、お返事させていただきます。

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定期的にアップ出来ているわけではありませんが(正直言ってサボりがちです)、よろしかったらまた覗きにいらして下さい。
ラベル:書道 通信添削
posted by 華亭 at 21:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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