2006年10月20日

形臨をすすめる理由

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最近、多忙のため、なかなかアップ出来ずにいます。

自分でももどかしいのですが、少しずつでも話を進めていきたいと思っていますので、お許し下さい。


さて、今日は少し話題を変えましょう。

これまで「臨書のすすめ」と題して、古典名帖を少しずつ紹介してきました。

その中で、繰り返し

「とにかく形臨です」

とお話してきましたが、読者の皆さんの中には

「形臨なんて、そんなにひたすら繰り返したって仕方が無いだろう」

と思われる方もいるでしょう。


そこで今回は、なぜ私がそれほど

「とにかく形臨。ひたすら形臨。そっくりそのままを目指して。」

と言うのか、その理由をお話してみたいと思います。


話が矛盾するようですが、形臨の目的は、そっくりそのままに書けるようになることではありません。


そっくりそのままに書けるように臨書を繰り返すことで、筆法は勿論、その古典の造形感覚といった部分、更には書品や書格といった言葉で語られる事の多い「書の匂い」のようなものまでを理解し、会得する事こそが目的です。


技術って本当にいらないの?」「技術って本当にいらないの?その2」でも書きましたが、技術とは表現を実現するための道具に過ぎません。

しかし、道具が無ければ表現を実現する事など出来ない、というのもまた事実です。

そして、臨書とは、その道具を手に入れるための手段の一つなのです。


「それなら別に形臨でなくてもいいだろう。それを意識した上での意臨で十分だ。」

と考える人もいるかもしれませんが、そんな中途半端な意識では、本当の意味での技術など身に付くものではありません。

正直に申し上げれば、

「意臨で十分だ」

などという考えは、筆法や造形感覚までを含めた意味での自分自身の技量を、古典名帖のそれと肩を並べたものとして考えているような、極めて自惚れた考えであると言わざるを得ません。


そんな事を言う人に限って、古典名帖の一番大事な部分にいつまでたっても気付かず、勘違いしたままの化け物じみた「まがいもの」を垂れ流しにして悦に入っているものなのです。(「まがいもの」の回を参照)


確かにそっくりそのまま書けるようになってみたところで、それだけでは何の意味も無いのかもしれません。

しかし、そっくりそのままに書けるようになった頃には、それ相当の技術が、つまりは道具が自分の手に入っている筈です。

そして、その道具を手に入れようと苦心する過程そのものが、あなたを、そしてあなたの書を成長させるのです。


「形臨ばかりを繰り返していたら、型にはまって抜け出せなくなる」

などというセリフもよく聞きますが、はまれるものならはまって見せてください。

以前も書いたように、5回や10回程度の形臨では、型にはまる事すら出来ませんよ。

10回や20回程度の形臨で、抜け出せなくなるほどに型にはまり込む事が出来た人間になど、私は今まで出会った事がありません。


「私の書とは書風が違うから」

こんなセリフもよく聞きますが、これこそ単なる逃げ口上に過ぎません。

それでは反対にお尋ねしますが、あなたの書風とは何ですか?

せいぜい師匠の手本を中途半端に真似しただけの、極めて低次元の意味での

「それしか書けない」

という意味での書き癖の事でしょう。


特に、教室の規模の大小は別として、「先生」と呼ばれ、人様に書を教えているような立場の人間の場合、例えそれが自分の書風とは全く違っていたとしても、例え自分が嫌いなものであったとしても、

「そっくりに書く事くらいまでなら出来る」

というのは、大前提の最低条件だと思います。


ちょっと辛口に過ぎましたか・・・(反省)


自分が普段書きなれていないものであるのなら、尚更、その中には自分の未知の世界が待っているのですから、無心に謙虚に、そして積極的に接するべきだと思います。


私が自分自身に掲げている言葉があります。

「百見不如一筆(百見は一筆にしかず)」

これは私が「百聞は一見にしかず」をもじって作った言葉です。

「くだらない・・・」

と失笑されそうですが、

「見ているだけで分かったような気になるのはやめよう。先ずは自分自身で書いてみよう。全ての話はそれからだ。」

と、今でも自分自身に言い聞かせ続けています。


話が少し逸れてしまいました。

私が「とにかく形臨」と言い続けている理由が少しはお分かりいただけたでしょうか?


形臨や意臨の違いなど、臨書については西川寧氏が、その著作の中で氏特有の理論を展開させていて大変興味深いです。

初学者にとっては、氏の著作は内容が難解な部分が多いので、ここでは具体的な紹介はしません。

興味のある方は、自分で調べてみて下さい。



このブログでは、これからも

「とにかく形臨。ひたすら形臨」

と言い続けますので、覚悟しておいてくださいね(笑)


それではまた。

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初めてこのブログを読まれた方へ。

いらっしゃいませ。

あれこれ思いつくままに書いているので、書道独特の専門用語や人名などの固有名詞に関しては、その都度解説を付ける事はしていません。

初心者の方や学び始める以前の方には難解な部分も多かったかもしれませんが、お許し下さい。


「一言書いてみたいんだけど、みんなに読まれてしまうコメントに書くのは何だか気が引ける・・・」

という方や、

「何だか下手な事を書いたら説教されそう・・・」

という方、また、通信添削について御質問のある方は、下記のアドレスまで御意見御質問をお送り下さい。

誹謗中傷を目的としたような常識に反するもの以外、お返事させていただきます。

nonbirishodo@mail.goo.ne.jp


定期的にアップ出来ているわけではありませんが(正直言ってサボりがちです)、よろしかったらまた覗きにいらして下さい。





ラベル:書道
posted by 華亭 at 20:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 臨書のすすめ 全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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