2010年06月18日

職業選択の自由

これまでの記事の一覧はこちらへ
記事の一覧です

通信添削についてはこちらへ
通信添削について』

メールによる御質問はこちらのアドレスへ
nonbirishodo@mail.goo.ne.jp

----------------------------------------------------------

またアップ出来ないまま数ヵ月も放置、なんて事になってしまう前に、今回も気合でアップです!


さて、私は普段、市井の書道教室で書を教える事を仕事にしているわけですが、私の様にフルタイム書道教室の先生としてそれだけで生計を立てている人というのは、実は決して多くはありません。

理由は簡単。

お金にならないからです(苦笑)


勿論商売はやりようですから、もっと上手に儲ける術は色々とあるのでしょうが、綺麗事を言えば、只闇雲にお金儲けにばかり奔走した結果、書に携わる人間として良心の呵責に苛まれる様な事まではしたくありません。


そもそも「書を教える」という行為は非常に手間がかかります。

尤も仕事などというものはどんな仕事でもそれ相当の様々な手間がかかるわけですが、書の先生という仕事の場合、非常に手間がかかる割にはちっともお金にならない、といったところでしょうか。

「へぇ?書の先生なんて座ってて適当に丸付けしてるだけで、大して手間なんかかかりそうに思えないけど。」

と思ったあなた!

先生に一度指摘されただけでホントにしっかり理解して自分のものに出来ていますか?

自分が手間のかからない弟子だと断言出来ますか?

ほら、ね(笑)


それでもまぁ、弟子を教えるのに手間がかかるのは当然の事ですから今更何とも思っていません。

それでは何が問題なのかと言うと、早い話が皆さんから頂戴する月謝が安過ぎるんですよ(苦笑)


教える手間への対価としては勿論ですが、こちらが提供する様々な意味での知識や技術に対しての報酬として、それに相応しい額になっていないのです。

「ならもっと高くすればいいじゃん。」

と思われるでしょうが、そこは需要側と供給側とのバランスの問題ですから、こちらの本音の要求額をそのまま提示したら、恐らく皆さんあっという間に辞めてしまいますよ(苦笑)

勿論、「大先生」と呼ばれる様な先生達であればまた話は違うのでしょうが、私はあくまで市井の教室で教えている「先生」に過ぎませんからね。

結果として、「知識と技術の投げ売り」のような価格設定しか出来ない、という現実に落ち着かざるを得ないのです。


しかもこちらが皆さんに提供している知識や技術といったものは、こちらが持っているもののうち、ごくごく一部分でしかありません。

以前も書いたかもしれませんが、数学者が九九を教えているようなものだとすれば、おおよそのイメージは掴めてもらえると思います。

しかし指導の表面には表れない膨大な知識的技術的蓄積の裏付けがあればこそ、皆さんへの的確な指導が可能になるのです。

ところが、皆さんからは見えないこの部分の知識や技術に対してまで月謝に上乗せようとしても、皆さんが実際に教わっているのは九九なわけですから、なかなかそうもいかないのです。


何だか 泥臭い愚痴から始まってしまいましたが、それでは何故、私が書の先生をしているのかについて、少し書いてみますね。

経済的な面だけで考えるのであれば、他の仕事を選んだ方が間違い無く得策だと思いますし、フルタイムで書の先生をするのではなく他の仕事をしながら、という方法もあります。

実際に書家と呼ばれる多くの人達が、本業は別に持っていたりするのですから。


繰り返しますが、それでは何故、フルタイムで書の先生をしているのでしょうか?

それはですね。


他のどのような仕事よりも、筆を持つ時間を取りやすいからです。


例えば何処かの会社に勤めながら書を続ける場合、会社で仕事をしている間は筆を持つわけにはいきません。(当たり前です)

ところが書の先生であれば、仕事中でも誰に憚る事無く筆を持つ事が出来ます。

だってそれが仕事なんですから、それこそ当たり前ですよね。

私はその為にこそ、今の仕事をしていると言っても過言ではありません。


確かに現実としては筆を持ってばかりもいられませんし、雑多な事務仕事も少なくありません。

更には筆を持つ時間が多く取れるからと言っても、自分の書きたいものばかり書いているわけにもいきません。

しかしそれでも、他の仕事の場合と違い、少なくとも筆は持てるわけですから、やはりこれに勝る点は有りません。


先程、指導するには表面には表れない部分の膨大な知識や技術の蓄積が必要と書きましたが、実のところ、皆さんから見えないこの部分こそが、私達書家の本体であり、この部分での鍛錬試行錯誤こそが、私達の真の目的と言えるでしょう。

乱暴な表現をすれば、「書の先生」という仕事は、それを可能にする為の経済的な基盤を確保する為の手段に過ぎません。

とするならば、尚の事、筆を持つ時間が多く取れる「書の先生」という仕事が私に向いていると思うのです。


話が変わるようですが、以前教室で

「なるべく短期間で先生と同じくらい書けるようになりたいんです。」

と言ってきた人がいました。

目がその人なりに真剣だったので、私も真面目に答えようと思い、

「それならまず、今の仕事を辞めてきて下さい。」

と言ったのですが、趣味の悪い冗談と思われてしまいました(苦笑)


だってですよ。

これも以前話しましたが、毎日12時間とか16時間とか、そんな練習時間、他の仕事をしながら確保出来るわけないじゃないですか(笑)

筆を持つ時間を増やしたからと言ってそれだけで上達出来る程には話は単純ではありません。

練習時間の量よりも練習の質と密度の方が重要であるというのは、これまでにも幾度となく繰り返してきた話です。

ですが、質と密度を限界まで高める努力をしたまま、量を、つまりは筆を持つ時間を増やす事が出来るのであれば、それに越した事はありません。

その為に最適な仕事なのが、私にとって書の先生なのです。


というわけで、なかなか経済的な問題との両立は難しいですね(苦笑)

誰か良い方法があったら教えて下さい(笑)

と今回は愚痴全開の内容になってしまいました(苦笑)

反省します。

それではまた。

----------------------------------------------------------

初めてこのブログを読まれた方へ。

いらっしゃいませ。

あれこれ思いつくままに書いているので、書道独特の専門用語や人名などの固有名詞に関しては、その都度解説を付ける事はしていません。

初心者の方や学び始める以前の方には難解な部分も多かったかもしれませんが、お許し下さい。


「一言書いてみたいんだけど、みんなに読まれてしまうコメントに書くのは何だか気が引ける・・・」

という方や、

「何だか下手な事を書いたら説教されそう・・・」

という方、また、通信添削について御質問のある方は、下記のアドレスまで御意見御質問をお送り下さい。

誹謗中傷を目的としたような常識に反するもの以外、お返事させていただきます。

nonbirishodo@mail.goo.ne.jp


定期的にアップ出来ているわけではありませんが(正直言ってサボりがちです)、よろしかったらまた覗きにいらして下さい。

ラベル:書道 通信添削
posted by 華亭 at 19:45| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
華亭先生、
書を続けるうえで行き詰まったとき、こちらのブログを覗きにきています。
先生はご自分の説明を「理屈っぽい」とおっしゃいますが、私はすんなり受け入れる
ことができますし、読後はすっきりした気持ちになれます。
何だか大変な時期のようなのに、今月は2回も更新されていて驚きました。
どうかご無理なさらないように。
Posted by ウフーラ at 2010年06月29日 15:35
ウフーラ様

初めまして。
コメント有り難うございます。

今年に入ってから特にですが、私自身や家族に不測の事態が次々と重なり(当然悪い事ばかりです)、私生活に於いて正常な精神状態を維持する事すら極めて困難な状況が現在も続いている為、どうしてもブログのアップが後回しになっています。

ですが時々このような暖かい励ましやお気遣いのコメント、メールを頂戴する度に

「有難い事だなぁ。何とかアップしたい!」

と思っています。

これからも暫くの間は間欠的なアップにならざるを得ないとは思いますが、細々とでも続けていきたいと考えていますので、宜しくお願いします。
Posted by 華亭 at 2010年06月29日 15:55
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック