2009年06月25日

形の話。その2

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今回は前回の「入筆の違い」「線の形」に関する話を前提にした上での、「字の形」のお話です。


早速これを見て下さい。
形その1

AからEまでの5種類、どれも上下2本の線ですが、それぞれ上下の長さや左右の位置関係が異なります。

赤い線を引いてみましたので確認して下さい。
形その2

そこで例えば

「Aと同じように書いて下さい。」

と言われたら、皆さんきっとAと同じように上下2本の長さを揃え、左右のズレもないように、つまりはB・C・D・Eのようにはならないように書くはずです。

「Bと同じように」

と言われたら、今度はA・C・D・Eのようには書かないでしょうし、C・D・Eについても「同じように書いて」と言われたらやはり同様でしょう。

何故ならAからEまでの5種類、違いは一目瞭然だからです。

ところが、ですよ(笑)

これまた前回の話と同様に、それら一目瞭然であるはずの違いが、ひとたび字の一部分として目の前に現れた途端、区別が付かなくなってしまうのです。


「え〜?そうかなぁ?」

と思いますか?

それなら次を見て下さい。

『第一種』「ま」1-1


『第一種』「ま」2-1             『第一種』「ま」3-1

2              3

『第一種』「ま」4-1            『第一種』「ま」5-1

4              5


1から5は『高野切第一種』から各種の「ま」を抜粋したものですが、1画目と2画目、つまり横画2本の長さや位置関係を見て下さい。

因みに、もうお気付きでしょうが1が先程のA、2がB、3がC、4がD、5がEに対応しています。

皆さん普段ホントにこれらの違いを認識して書き分けていますか?

怪しいですね〜(笑)

手本は1のようになっているのに、2・3・4・5のように書いてしまったりしてませんか?


「字形を追うので精一杯で」

という常套句を連発する一方で、これらの違いが区別出来ていない人、たくさんいるはずですよ〜(笑)

厳しいようですが、これらの違いが区別出来ていないようでは、字形を追っている事になりませんからね。


この問題は、「ま」という字を、「形」として見ているか、単に「文字」として見ている(読んでいる)か、という意識の違いに起因します。


「ま」を単に文字として見た(読んだ)場合、1から5の「ま」はどれも同じ「ま」という文字でしかありません。(当たり前ですが)

この認識のもとでは、形の違いに対する意識は極めて薄くなり、本人は手本の「ま」を見て書いているつもりでありながら、実際には既に自分の体に染み付いている文字の「ま」を書いているだけ、という事が起こってしまうのです。

つまり

「意識しているつもり、というだけで実は意識出来ていない。」

といった状態です。

これでは仮にどれ程臨書を繰り返してみても意味がありません。

何故なら、1から5の「ま」は文字としては確かに同じ「ま」ですが、形として見たらそれぞれが全くの別物なのですから。


但し、中には

「この話、よく分かってるし、ちゃんと区別しながら手本を見てるよ。だけど実際に書いてみるとその通りに書けないんだもん…」

という人もいるでしょう。


ですがその場合には何の問題もありません。

要は手本を見た時にこれらの違いをちゃんと認識区別出来ているかどうか、つまりはそのような視点を持っているかどうかが問題なのであって、その通りに書けないというのはまた別の話です。

書けないだけの話なら、練習を繰り返していれば、そのうちに書けるようになるのですから。


しかしこれらの違いに気付いてもいないのでは、違いに気を付けて練習しようにも気を付ける事すら出来ません。

だから困るのです。


尤も、前回の話を含めこの手の話というのは、分かっている人にとっては

「何を今更こんな当たり前の事を(苦笑)」

といった類の話ですし、私も普段いちいちこんな事を意識しながら書いているわけでもありません。


先程の場合とはちょうど反対で、

「無意識のうちに意識している。」

といった状態なのですから。


面白いもので、このような視点を持つ為の感覚というのは、意図的に意識して練習を繰り返す事で磨かれていく人もいれば、誰に何を言われなくとも、それこそ無意識のうちに最初から持っている人もいます。(何とも嫌味なようですが、私は後者です。)

ですが、意図的に意識しないと(意識していても)すぐに忘れてしまう、という事なのだとしたら、もっともっと目一杯意識しながら手本を見るような習慣を少しずつでも付けていくより他ありません。

それこそ、「無意識のうちに意識している。」といった状態になるまでです。


と、ここでこんな疑問を持つ人もいるかもしれません。

「そもそもこんな事まで気にしながら見たり書いたりしなきゃいけないの?」


ですがあなたにとっては「こんな事まで」と思うような事でも、実際には極めて極めて基本的な話なんですよ。

そして、今のあなたが「こんな事まで」と思うような事を「当たり前」の事と思えるように、意識しながら練習を繰り返す事、その事自体が、書に於ける「見る目」というものをあなたの中に少しずつ養っていく事になるのです。


「いちいちこんな細かい事まで気にしていられないよ。私は私のやり方でいいや。」

と思うのは自由です。


しかし、いいですか。


現に前回や今回の話のような感覚を持ち「無意識のうちに意識している」という状態で見たり書いたりしている人間もいるのです。

そのような感覚を持った上での「見る目」と、持たないままの「見る目」と、どちらの「見る目」の方が広く深い部分まで見通せるのか、考えてみるまでもないのではありませんか?


言い方が辛辣かもしれませんが、私は皆さんに只のデタラメのまがいものを垂れ流すような事にはなって欲しくないのです。


この辺についての似たような説教臭い話は「形臨をすすめる理由」「まがいもの」「20年間」の回など、これまでにこのブログのあちこちで繰り返してきましたので、これ以上は止めておきましょうね(笑)


さて、前回今回と2回に亘り、「形」についての話をしてきました。

極めて基本的な例を挙げてみたに過ぎませんでしたが、この辺りを無視したままで済ます事は出来ない、というのもまた事実です。

普段の自分を振り返ってみて、少しでも思い当たる事があるとしたら、一度ゆっくり考えてみてください。

そしてそれが、今後のあなたの為に少しでも役立つのでしたら幸いです。


ふ〜・・・

やっぱり真面目な説明は疲れますねぇ(苦笑)

少々頑張り過ぎたので、またサボり癖が出ないように気を付けます(笑)

それではまた。

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初めてこのブログを読まれた方へ。

いらっしゃいませ。

あれこれ思いつくままに書いているので、書道独特の専門用語や人名などの固有名詞に関しては、その都度解説を付ける事はしていません。

初心者の方や学び始める以前の方には難解な部分も多かったかもしれませんが、お許し下さい。


「一言書いてみたいんだけど、みんなに読まれてしまうコメントに書くのは何だか気が引ける・・・」

という方や、

「何だか下手な事を書いたら説教されそう・・・」

という方、また、通信添削について御質問のある方は、下記のアドレスまで御意見御質問をお送り下さい。

誹謗中傷を目的としたような常識に反するもの以外、お返事させていただきます。

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定期的にアップ出来ているわけではありませんが(正直言ってサボりがちです)、よろしかったらまた覗きにいらして下さい。

ラベル:書道 通信添削
posted by 華亭 at 01:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 試食 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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