2009年04月19日

「書道」

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最初に断っておきますが、今回の話はあくまで私にとってはという完全なる私見です。

異論も反論もたくさんあるでしょうが、「私にとってはこうですよ。」という話ですので。(と、先に逃げを打っておきましょう(笑))


私はこのブログの記事内で「書」と記述していますが、日本では一般的に「書道」と呼ばれる場合が多いようです。

このブログのタイトルを「のんびりと書の話」ではなく「書道の話」としたのも、一般的な認知度を考えたからであって、実は本意ではありません(苦笑)


因みに中国では「書法」と言いますね。(更に因みに読売展も「読売書法展」ですね。)

この「書法」という呼び方自体、書に対する考え方や価値観といったものが含まれていてとても興味深いのですが、今回こっちについては素通りして「書道」の方についての話です。


さて、この「書道」という言葉ですが、他の「道もの」と同様に、その中には精神修養的な意味合いが多分に含まれているように思います。

日本人は特にこの「道」という語に精神修養的な意味合いを持たせて、更にはそこに「人生そのもの」といった価値観を付随させるのが好きですから、「書道」もその一つ、という事なのでしょう。


「書道は精神を落ち着かせて書かなければ駄目だ。」

とか、

「書道をやると気持ちが落ち着く。」

とか、そういった話を耳にする事は少なくありませんし、子供を書道教室に通わせる親の側の期待としても

「うちの子は落ち着きが無いから、書道でもやらせたら少しは変わるかしら。」

といった面は少なくありません。(うちの教室の生徒の親にもよくいます。)

乱暴な捉え方かもしれませんが、それは座禅を思わせるようなイメージとして受け取られているのではないでしょうか。

「きちんと正座をして背筋を伸ばして無心になって。」

みたいなイメージですよ。

そうそう、写経は正にそういったイメージ通りですしね。


ですが、それってどうなんでしょう?


書ってホントに精神を落ち着かせて書かないと駄目なんでしょうか?

書をやるとホントに気持ちが落ち着いたりするのでしょうか?

そもそも精神修養的な意味合いを書に求めたとして、書はホントにその役目を果たせるのでしょうか?


私にははなはだ疑問です。


私が書の話に安易な精神論を持ち込む事を極度に嫌うというのは、これまでこのブログを読んでいただいてきた方ならよく御存知かと思いますが、書に精神修養的な意味合いを求めるという態度も正直言って好きではありません。

強烈な違和感を覚えると言った方が適切かもしれませんが、とにかく馴染めません。

何故なら、安易に、そして過大に、その手の事を「書道」に求め過ぎだと思わずにいられないからです。


私も書にそういった面が全く無いとまでは言いません。

ですが、それはあくまでも書のごく限られた一部分に於ける話であって、それが全てでもなければ前提でもなく、ましてや神髄などでもありません。


私にとっての書とはもっと現実的で実際的な日常であり、もっと生々しい喜怒哀楽と共にあるべきものです。

もっとも「日常」というのは人によっては当てはまらないのかもしれませんが、それはその人の書との関わり方の差異によるものであり、書の本質が「かしこまった非日常」という話なのではありません。


「書とは何か?」

というとても難しい問いに、今の私が敢えて答えるとしたら、

「その時々の自分を紙の上に定着させたもの。」

という答になりますが、

ここで言う「その時々の自分」というのは、いつもいつも折り目正しく正装した記念写真のような書を書いている自分、という意味ではありません。

勿論そういう時もありますし、そうあるべき時もあるでしょうが、日常そのままを写し出したスナップ写真のような時もあれば、その時の感情の高揚をそのままぶつけたような時もあります。


この場合そこにあるのは

「心静かに落ち着いて」

などという世界とは正に対極的な精神状態ですよ。


私個人の話では説得力に欠けるようでしたら古典の話を持ち出してみますが、もしも本当に書が心静かに書かなければならないものなのだとしたら、顔真卿の『祭姪文稿』や蘇軾の『黄州寒食詩巻』が天下の劇跡とまで呼ばれる理由の説明が付かないではありませんか。


「でも、集中しないとダメというのは事実でしょ。」

という意見もあるでしょう。

しかしそんな事は当たり前の話で、何も書に限った話ではないはずです。


以前にも書きましたが、仕事でも遊びでも、ろくに集中もせずに(悪い意味で)いい加減で適当なやり方をしていても問題無く上手くいく、などというものなど私は知りませんし、もしあるとすれば、それは最初からその程度のものだという事でしょう。


つまり、書だからと言って安易に「集中」だの「精神」だのという言葉をわざわざ持ち出してくるのはおかしい、と言いたいのです。


そもそも私に言わせれば、そんな付け焼き刃な精神集中など、書には何の役にも立ちませんし、そういったものを養う術として書を持ち出す事自体、見当違いだと思うのです。


大人子供に限らず、例えば落ち着きの無い粗雑な人は結局何処までいっても粗雑な字しか書きません(書けません)し、そういう人の性格を書によって変革するなど出来ません。

「先生!うちの子どうにかして下さい!」

と言われても、無理な相談なんですよ(苦笑)


以前にも書きましたが、書も人間の行動の一部に過ぎません。

人の行動とはその人の性格のもとに為されているはずですから、普段の行動が粗雑でがさつな人が、書をやる時だけそうでなくなるなんて都合の良すぎる話、私にはとても信じられません。


「だって実際に筆を持っていると心が落ち着いてくるよ。」

と思うかもしれませんが、何かに集中すれば誰だって多少はそうなるでしょうし、本を読んだり絵を描いたり、自分の好きな事に集中していれば同じような精神状態になるはずです。

これもわざわざそこに書という存在を特別なものとして引っ張り出してくる必要など無い話でしょう。


確かに書は行動としては静的な部類に入るでしょうから、動的なスポーツなどに比較すれば精神的には静かに安定した状態になりやすいのかもしれませんが、だからと言ってそれが書特有の効果であるかのような言い方や、その面だけを書の特質であるかのように強調したような考え方には賛成出来ません。


繰り返しますが、他がダメな人は書もダメです。

当たり前ですよ。

同一人物なんですから。


「だけどたまに『他の事は何をやってもダメだけど、それに関してだけは物凄い!』みたいな人っているでしょ?」

と思う人もいるかもしれませんが、そういったいわば天才的な特別な例を持ち出して自分に当てはめようとしてみても仕方が無いではありませんか。

私は、そして恐らくあなたも、天才でもなければ超人でもないのですから、そんな自分自身に対して「無意味な特別扱い」をしてはならないのです。


何だか随分愚痴っぽくなってきてしまいましたが(苦笑)、何故私がこれ程までに

「安易に書に精神修養的な意味合いを求めようとする態度」

を毛嫌いするのかと言うとですね。


それについては次回にしましょう(笑)

それではまた。

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初めてこのブログを読まれた方へ。

いらっしゃいませ。

あれこれ思いつくままに書いているので、書道独特の専門用語や人名などの固有名詞に関しては、その都度解説を付ける事はしていません。

初心者の方や学び始める以前の方には難解な部分も多かったかもしれませんが、お許し下さい。


「一言書いてみたいんだけど、みんなに読まれてしまうコメントに書くのは何だか気が引ける・・・」

という方や、

「何だか下手な事を書いたら説教されそう・・・」

という方、また、通信添削について御質問のある方は、下記のアドレスまで御意見御質問をお送り下さい。

誹謗中傷を目的としたような常識に反するもの以外、お返事させていただきます。

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定期的にアップ出来ているわけではありませんが(正直言ってサボりがちです)、よろしかったらまた覗きにいらして下さい。

ラベル:書道 通信添削
posted by 華亭 at 00:16| Comment(4) | TrackBack(0) | 雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
あっ 先生、またこんな
次回が楽しみになるような
記事の終わらせ方をなさって!

書道・書法の違いはおもしろいですね。

茶道も中国語ですと「茶藝」になります。

Posted by みほこ at 2009年04月19日 11:09
みほこさん。
コメントありがとうございます。

「茶藝」ですか。
それは知りませんでした。

続きの記事、アップしましたが、何だか愚痴だらけになってしまいました(苦笑)

まぁ、いつもの事なのでお許し下さい。
Posted by 華亭 at 2009年04月20日 04:16
さっそく続きを拝見しました。
いつもながら耳の痛いお話で
気持ちが引き締まります。
どうもありがとうございます。
Posted by みほこ at 2009年04月20日 09:43
みほこさん。

続きの記事も早速お読み頂いたとの事、
有難う御座います。

愚痴だらけの屁理屈全開、というのは出来るだけ
書かないようにしよう、と心掛けてはいるのですが・・・(苦笑)

読者の皆さんがもう少し明るくなれるような話は
無いかなぁ、とあれこれ思案中です。(なかなか難しいですね)


Posted by 華亭 at 2009年04月22日 02:40
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