2009年04月12日

無名な有名人

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今回の話はテキストについてです。

このブログでは「臨書のすすめ」というカテゴリで、これまでいくつかの古典古筆について紹介してきましたが、その際テキストとして挙げておいたのが、漢字では二玄社『中国法書選』、仮名では二玄社『日本名筆選』です。

たまたまどちらも二玄社のものですが、これは単純に、一般的に最も入手しやすいと思われるという理由から一例として挙げたまでの事で、他に特別な理由があるわけではありません。


二玄社のものに限らず、これらのいわゆる影印本の存在は、我々学書者にとって無くてはならないものである一方、1つ、大きな問題を含んでいます。

それは、

「出版のリストから外れてしまったもの」

の問題です。


私の印象としては、仮名は漢字の場合程には問題無いように思うので、例としては、ここでも『中国法書選』を挙げましょう。


このシリーズは全60冊、その全貌たるや初学者にとっては正に膨大とも思える量に違いありません。

しかし書道史全体から見れば、それらはあくまで代表的なものが最低限リストアップされているに過ぎないのです。

リストアップされたその結果、何が起きるかと言うと、リストから外れてしまったものに対する学書者の、特に初学者の認知度が極端に低くなってしまうのです。

つまり「馴染みが無い」という状態になってしまうのです。


多くの学書者にとって、影印本こそが古典古筆との唯一の直接的な接点でしょうし、その場合の影印本とは『中国法書選』のような入手しやすいテキストの場合が殆んどでしょうから、そのラインナップ中に含まれていないものについては、興味を持つかどうかという以前に、その古典古筆の存在すら知らないまま、という状況が放置されてしまいます。

古典古筆に接する側にとっての有名無名の差が、影印本のラインナップによって決定されてしまう、と言い換えても構いません。

そしてそれはそのまま、書道史上に於けるその古典古筆の重要度合いとして受け取られてしまうのです。


これはなかなか困った問題で、独学者にとっては状況は更に難しいものになるはずです。

何故なら独学者の場合、

「このラインナップには含まれていないけど、こんなものもあるんだよ。」

と、ラインナップ以外について教えてくれる人がいないのですから。


ここでも『中国法書選』を例に挙げて考えてみましょう。

このシリーズでは王羲之から顔真卿辺りまでのボリュームが厚い構成となっています。

篆・隷や元代以降も収めてはいますが、文字通り最低限といった感じです。

これ自体は極めて一般的な構成と言えるでしょう。


確かに一般的な学書の過程を考えた場合、先ずは楷・行・草の3体が中心になるのでしょうし、そうなると王羲之から顔真卿辺りまでが先決になるのは分かります。

更に手を伸ばしたとして北宋の三人(蘇・黄・米)ぐらいまで、という事なのでしょうから。


出版する側からすれば「何でもかんでも」というわけにもいかない、というのも分かります。

そもそもこのような話というのは、

「この人にも年賀状を出す?出さない?」

「この人は結婚式に呼ぶ?呼ばない?」

というのと同じ事で(笑)、ある部分で無理矢理にでも線引きをしないと

「この人を含めるならこの人も含めないとまずいでしょ。」

と際限無くリストが膨れ上がってしまう、というのもよく分かります。


分かるんですが(笑)


「それにしてもこれを外しちゃうってのは如何なものか?」

というものがあるのもまた事実なのです。


例えば『中国法書選』では懐素は含まれていますが張旭は「落選組」です。

しかし、知っている人から見れば、張旭を抜きにしたまま懐素だけで済ませるという事がどれ程乱暴な話か分かるはずです。

明代の徐渭もやはり「落選組」です。

明代で徐渭に触れないというのも、これまた随分な話だと思うのですが、彼などは『書跡名品叢刊』ですら「落選組」でしたから、張旭以上に「無名な有名人」といった感じになってしまっていますね(苦笑)


尤も、張旭の場合は彼の書と断定出来るものが極めて少ない為にテキストにしにくいのでしょうし、徐渭の場合はその書風が極めて多岐に亘る為にこれまたテキストにしにくい、という事情があるのでしょう。

それもよくよく分かるんですよ(笑)

分かるんですが・・・

それでもやっぱり落選させてしまう事には抵抗があります。


だって、今挙げた張旭と徐渭、

「二人とも名前を聞くのすら初めて」

という人も少なくないのではありませんか?

でも、「知らないままで良い。」と済ませてしまえるような二人ではないのです。


それこそ本当はこういった人こそ、もっとこのブログで紹介していきたいのですが、ここで困るのがテキストの問題なのです。


テキストとして使えるものが全く無いというわけではありません。

勿論探せばあるのですが、『中国法書選』のように簡単に入手出来るような適当なものが見当たらないのです。


以前何処かで書きましたが、私は「百見不如一筆」というのがモットーで、

「ちょっと見ただけで分かったような気になったりせずに、とにかく書いて自分の体を通してみる。」

という考えですから、紹介するにしても皆さんに臨書してもらえる事を前提としてきました。

ですからテキストの問題を抱えたまま、ここで安易に紹介してしまう気にはなれないのです。


すると、

「適当なテキストが無いから人に知られない。」

「知られていないなら紹介したい。」

「紹介したくても適当なテキストが無い。」

「適当なテキストが無いから…」

と、話がグルグル回ってしまって先に進まなくなってしまうのです(苦笑)


しかし、先に進まないからといって諦めてしまうのではこの問題についてここで書いた意味がありませんから、

「テキストのラインナップが原因の知識の偏り」

といった弊害から逃れる方法について考えてみました。


それには、

「書道史について書かれた本を数種類読んでみる。」

という方法が有効だと思います。

1種類だけだとどうしてもその1冊の著者・編集者の選別ラインに依存した知識となってしまい、その結果、影印本の場合と同様の問題が起こらないとも限らないので、出来れば数種類に当たってみる方が良いでしょう。


書道史について書かれたものなら、影印本のシリーズには落選してしまうようなものまで含まれている可能性も高くなります。

つまり、「無名な有名人」の存在を知る事が出来る可能性が増えるわけです。

存在を知る事さえ出来れば、その詳細については今はネットでいくらでも調べられるのですから、本当に知りたいと思えば後は何とかなるはずです。

それによって、いつも触れている影印本テキストとはまた違った広い世界が見えてくるかもしれません。


皆さん。

名筆って、皆さんが知っているよりもっともっと色々あるんですよ。


「無名な有名人に光を!」


今回はここまで。

それではまた。

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初めてこのブログを読まれた方へ。

いらっしゃいませ。

あれこれ思いつくままに書いているので、書道独特の専門用語や人名などの固有名詞に関しては、その都度解説を付ける事はしていません。

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定期的にアップ出来ているわけではありませんが(正直言ってサボりがちです)、よろしかったらまた覗きにいらして下さい。

ラベル:書道
posted by 華亭 at 05:31| Comment(4) | TrackBack(0) | 雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
是非おすすめの書道史の本をおしえてください
Posted by at 2009年04月12日 12:43
コメントありがとうございます。

パソコンを御覧になっているのでしたら、最も手っ取り早いのは、Wikipediaで「書道史」と検索してみる事です。(本ではありませんが。)

日本、中国、それぞれの書道史について書かれた項目がずらっと並んでいますから、興味のある部分から読んでみると良いかもしれません。

「本で」という事になりますと、そうですねぇ。

色々とあるようですし、私が実見している範囲も狭いので、どれか特定のものを挙げるのも難しいのですが、『中国書道史事典』(比田井南谷著、天来書院)などは、非常に充実した内容です。(尤もこれは中国書道史についての本なので、日本書道史については触れられていませんが。)

御参考までに。


Posted by 華亭 at 2009年04月12日 17:53
お返事ありがとうございます。中国書道史事典が丁度図書館にあったので借りてきました。まだパラパラ眺めた程度ですが、非常に充実した大著に見えました。良書ご紹介ありがとうございました。
Posted by at 2009年04月17日 13:12
図書館にありましたか。
お役に立てたようで良かったです。

また何かありましたら御質問下さい。


Posted by 華亭 at 2009年04月18日 17:50
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