2009年02月25日

「質と量」の補足

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少し前に、「質と量」として、練習の質について話しました。

ところがその後、その記事を自分で読み返してみたところ、どうにも話が片手落ちのような気がしてきてしまい、気になって仕方がありません(苦笑)

そこで、今回は補足です。


質と量」の回では、

「只闇雲に次々と書くのではなく、一枚毎の意識の密度を高くする事を心掛けよう。」

という内容の話をしましたが、もう少し具体的な内容として、

「自分の書いたものと手本とを、穴が空く程見較べたかどうか?」

といった話もしました。

大抵の人の場合、手本の見方が圧倒的に甘い事からの話だったのですが、ここで一つ、大事な事があります。


手本を穴が空く程見たとして、今度はそれを

「実際に自分で書いてみなければ意味が無い。」

という事です。

つまり、見ただけで分かったような気になっていたのでは、やはりダメなのです。


純粋に鑑賞者の立場であるのなら、つまり私流の言い方をすれば「受け手側」にいるだけならば、それで何の問題もありません。

しかし今は話が違います。

自分で書く事を学んでいる側、つまりは「作り手側」に身を置いているのですから、見ているだけでは困るのです。


よくよく見て、今度はそれを実際に自分の手で書いてみて、書いたものをよくよく手本と比較検討して、更に書いてみて・・・

という過程を幾度となく繰り返さなければなりません。(「質と量」の話はつまりはその過程の中身についての考察でした。)

その過程を繰り返した上で、先生の添削指導を受け、自分の試行錯誤の仕方に問題が無かったのかどうかを点検するのです。


以前に何処かにも書きましたが、私は

「百見不如一筆」

という言葉(私の造語)を自戒の言葉として常に自分に言い聞かせています。

百見るよりも先ずは一書いてみよう。

という事です。


質と量」の話と矛盾するようですが、書を学ぶに於いて

「実際に自分の手で書く」

というのは今更言うまでもなく全てに先立つ大前提ですから、その部分が抜け落ちたまま、どれ程意識の密度を高くしようとしてみても、それではまるっきり本末転倒でしかありません。

意識の密度を高くする、という話も、要は「書く」為の話なのですから。


只書くだけでも駄目、只見ているだけでもダメ、という何とも掴みどころの無い結論になってしまいますが、要はバランスの問題ですので、くれぐれも誤解の無いようにお願いします。

というわけで、今回はここまで。

それではまた。

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初めてこのブログを読まれた方へ。

いらっしゃいませ。

あれこれ思いつくままに書いているので、書道独特の専門用語や人名などの固有名詞に関しては、その都度解説を付ける事はしていません。

初心者の方や学び始める以前の方には難解な部分も多かったかもしれませんが、お許し下さい。


「一言書いてみたいんだけど、みんなに読まれてしまうコメントに書くのは何だか気が引ける・・・」

という方や、

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定期的にアップ出来ているわけではありませんが(正直言ってサボりがちです)、よろしかったらまた覗きにいらして下さい。

ラベル:書道
posted by 華亭 at 09:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 考え方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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