2008年08月18日

気分転換

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また随分と久し振りのアップになってしまいました(汗)

忙しかったというのも事実ですが、最近ついつい雑談ばかりが続きがちだったので

「少しは中身のある内容に」

なんて余計な事を考え始めたのがそもそもの間違いでした。

そんな事を考え始めた途端、何について書いたら良いのやら途方に暮れてしまったのですから、我ながら情けない話です(苦笑)

正に「下手な考え休むに似たり」ってとこですね。

記事を途中まで書いては消して、なんて事を何度も繰り返すうちに

「気負ったところで大した内容になるわけでもなし。」

という最初から分かりきった結論に達しました(笑)

やっぱり思い付くままに気楽に書こうと思います。


さて、「久し振りにアップ」の言い訳はこのくらいにして(笑)

今回は「気分転換」についてお話します。


普段教室で教えていると、時々こんな質問をされます。

「先生、毎日毎日書いていて飽きませんか?」

書に携わる人生を生きている人間をつかまえて「飽きませんか?」とは随分と無遠慮な質問だとは思いますが(笑)、それでもまぁ、皆さんにしたら素朴で率直な疑問なのでしょうね。


そもそも私にしてみれば、

「書いていて飽きる」

という状態がよく理解出来ないので正直言って答えに窮するのですが、仮に答えるとしたら

「飽きない」

ということになるのでしょうね。


私に言わせれば「飽きる」なんていうのは只漠然と書いているからであって、しっかりとした問題意識を持ちながら書いていれば飽きる暇など無いと思うのですが…

大体そんな質問をするような人がホントに飽きる程書いているのやら怪しいものですが、ここで正直にそんな苦言を呈したりしようものなら途端に嫌がられてしまいますからね(笑)

ここは一つグッと堪えて

「ん〜、大丈夫ですよ」

くらいに答えておきます(笑)

すると大抵

「へぇ〜、さすがですねぇ」

といった感じの感想を頂戴し、一件落着となるわけです。


先程「飽きるという状態が理解出来ない」と言いましたが、例えば隷書の臨書をひたすら続けているうちに、少し気分を変えたくなるような事ならあります。

「それを飽きたって言うんだろ」

と思うでしょうが、ちょっと違います。


一つのものをひたすら続けて書いていると問題意識の精度は高くなっていきますが、それと同時に意識の視野が狭くなりがちです。

簡単な例に置き換えてみましょう。


今あなたは「大」という字の練習をしていますが、右はらいが上手くいかずに苦労しています。

何度も何度も「大」を練習しているうちに、上手くいかない右はらいの部分に意識が集中していきます。

つまり先程の「意識の精度が高く」なった状態です。

ところが、右はらいに意識が集中し過ぎるばかりに、「大」の字全体の字形がバラバラになってきてしまいました。

右はらいに気を取られて字全体の事に目が向かなくなってしまったのです。

これが「意識の視野」が狭くなってしまった状態です。

これでは「大」の練習になりません。

今は「大」の練習が主題ですから、「大」の字全体がそっちのけになってしまっては困るのです。

「そんな事を言っても右はらいが…」

というのでしたら「大」という字ではなく右はらいの練習をすればいい話です。


この辺りのミクロとマクロの視点のバランスというのは日々の練習に於いて極めて重要なのですが、皆さん殆んど意識していないようですね。

初学者の場合、特にマクロの視点を持ち続けるという事が難しいようですが、それを抜きにしていては「木を見て森を見ず」という事になってしまいますので、くれぐれも忘れないようにしましょう。


話を戻しますが、意識の視野が狭くなってきたと感じた時、この時こそが今回のテーマである「気分転換」が必要な時である事は言うまでもありません。

意識の視野が狭くなってしまった状態のまま練習を続けても、効率が悪いばかりでろくな事になりませんから。


では具体的にどのような「気分転換」をすればよいのでしょうか。

私の場合、先程の例で言えば、それまでひたすら隷書を書いていたのであれば、次は仮名を書く、といった具合に、出来るだけそれまで書いていたものとは異質のものを書く事にしています。

それによって、狭くなりかけた意識の視野をニュートラルに戻す事が出来るからです。


「え〜?筆を置いて一休みしないの?」

といった声が聞こえますね(笑)

ですが、只単なる一休みはあまり賛成出来ません。

何故かと言うと、只単に一休みしただけでは練習を再開した時、さっきまでの意識がそのまま色濃く残ってしまっているでしょうから、それでは一休みした意味が無いからです。


本当に一休みすべき時があるというのも事実ですが、この場合は違います。

隷書から仮名へと移行する事によって、隷書を書いていた時の意識の上に全く異質の意識が上書きされる事になりますが、その上書きによって強制的に意識の視野を変えてしまう事がここでの「気分転換」の目的なのです。

ですから私の場合ここでは一休みはしません。


この考えには異論もあるでしょうから、絶対にそうすべきだなどと言うつもりなどありませんし、あくまで「私の場合は」という話ですので、「こんな考え方もあるんだ」くらいに思って下さい。


隷書から仮名への移行により、意識の視野がニュートラルに戻ったとして、ここで重要なのは、

「ニュートラルに戻った」

という事実ではなく

「ニュートラルに戻した」

という意思です。


先程ミクロとマクロの視点という話をしましたが、つまりはその時点毎の自分自身の意識の視野をしっかりと自覚しながら練習する事が大切だと思うのです。

そして自分自身の自覚の上で、その視野を可能な限りコントロールするように心がける事が大切だと思うのです。


今回のテーマである「気分転換」も、その為の方法の一つとして捉えたとすると、色々な考え方が出来るのではないでしょうか。

「え〜、いちいちそんな事まで考えて気分転換なんてしないでしょ。」

という意見はもっともですし、いちいち考えなくてもその辺のコントロールが無意識のうちに出来ている人というのもいるはずです。

ですが、出来ていない人というのもそれ以上にいるわけですし、「無意識に」というわけにいかないのであれば、先ずはいちいち考えながらでも心がけていかなければ、いつまで経ってもそのままだと思うのです。

逆に言えば、先ずはいちいち考えながらでも心がけていけば、少しずつでも「無意識に」という状態に近付いていけると思うのです。

であるとすれば、「気分転換」一つとっても、只漠然と「気分転換」するのではない、もっと有効で有益な「気分転換」の方法があると思うのです。


たかが「気分転換」、されど「気分転換」。

「気分転換」が只の無駄な時間になってはいませんか?


というわけで、今回のお話は「気分転換」についての私からの提案でした。


ん〜、久し振りにアップが再開した途端、こんなに理屈っぽくて説教臭い話なのでは、ますます読者が減りそうです(苦笑)

それではまた。

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初めてこのブログを読まれた方へ。

いらっしゃいませ。

あれこれ思いつくままに書いているので、書道独特の専門用語や人名などの固有名詞に関しては、その都度解説を付ける事はしていません。

初心者の方や学び始める以前の方には難解な部分も多かったかもしれませんが、お許し下さい。


「一言書いてみたいんだけど、みんなに読まれてしまうコメントに書くのは何だか気が引ける・・・」

という方や、

「何だか下手な事を書いたら説教されそう・・・」

という方、また、通信添削について御質問のある方は、下記のアドレスまで御意見御質問をお送り下さい。

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定期的にアップ出来ているわけではありませんが(正直言ってサボりがちです)、よろしかったらまた覗きにいらして下さい。

ラベル:書道
posted by 華亭 at 03:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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