2008年06月22日

思い違い

これまでの記事の一覧はこちらへ
記事の一覧です

通信添削についてはこちらへ
通信添削について』

メールによる御質問はこちらのアドレスへ
nonbirishodo@mail.goo.ne.jp

----------------------------------------------------------

これは先日、普段私が書を教えている教室で実際にあった話です。

うちの教室では入ったばかりの人には「基本科」というコースで文字通り基本から学んでいたたくのですが、その基本科の練習課題の中に、4号程度の筆で、つまりは一般的に太筆と呼ばれる太さの筆で仮名を書くというものがあります。

字の大きさは一文字5センチ前後といったところでしょうか。

4号程度の筆で書くのですから、初心者にとってはそうそう簡単にいく話ではないのですが、ある男性が、その課題をいわゆる小筆で書いています。

そこで私が

「小筆ではなく、太い方の筆で書いて下さい。」

と言うと、その男性、

「いや〜、太い筆だととてもこんなに細くは書けないんで。」

と言うんです。


さて、ここで問題です。

この男性、実は大きな思い違いをしているのですが、それが何だか分かりますか?

今までこのブログをお読みになってきた方ならお分かりになるかと思いますが、如何でしょう?




答から先にいきましょう。

「手本と同じ太さに書く事が目的だと思っている」


どうですか?


「?????」

ですか?(笑)


もう少し説明してみましょう。


そもそも

「太い筆だととてもこんなに細くは書けない」

なんて事はこちらとしては最初から分かりきっていますし、手本と同じ太さに書ける事など実は全く期待しちゃいません。

手本と同じ太さに書く事に主題を置いているのであれば、わざわざ太筆で書かせたりしませんよ。


それでは何故、書けもしないものを「あえて太筆」で書かせるのでしょうか?


それはですね。

太筆でそれを書けるように「なろうとする事」で、筆で字を書く際に必要となる様々な身体的感覚が鍛えられるからです。

つまりは身体的感覚を鍛える事こそがここでの本当の目的なのであって、それ故にこその「あえて太筆」なのです。

繰り返しますが、この時点では手本どおりに書けたかどうかは目的ではありません。

書けたら幸いですが、もしも書けなかったとしても、何の問題もありません。

換言すれば、太筆で書けるように「なろうとする事」自体が、身体的感覚を鍛えるという目的の為の手段なのですから、そこに小筆を持ち込んで、手本と同じ太さという表面上の結果だけを求めてしまうのでは、全く意味が無くなってしまうのです。

勿論、話がずっと進んだ先には、手本と同じ太さに書けるようになってもらいたいわけですが、この時点ではあくまでそこに向けての過程に於ける一歩なのですから。



皆さんどうしても最初から

「正しく書けたかどうか、ちゃんと出来たかどうか」

という点にばかり気を取られがちですが、本当に重要なのは

「正しく練習出来ているかどうか」

という一点のみです。


正しく練習出来てさえいれば、その結果としての

「正しく書けたかどうか、ちゃんと出来たかどうか」

という点は、放っておいても後から必ず勝手についてくるのですから。

逆に言えば、正しい練習が出来ていないと、いつまで経っても書けるようにならないのです。(絶対に、です。)



元も子も無い言い方をするようで心苦しいのですが、そもそも初心者が

「正しく書けた。ちゃんと出来た。」

「正しく書けなかった。ちゃんと出来なかった。」

と一喜一憂してみたところで、私達の目から見れば、どれも一様に書けてもいないし出来てもいません。

そんな簡単に書けたり出来たりしてしまうような事なら、わざわざ時間と労力(とお金)を使ってまで習う必要などないでしょうし、私のような人間の存在意味も有りませんよ(笑)


この辺りの考え方というのはこれまでにも教室でも通信添削でも繰り返してきましたし、このブログでも似たような内容について何度も何度も書いていますが、皆さんなかなかピンとこないようです。

正直な話、普段の稽古ではこの辺りの話をする事に時間の大半を費やしていると言っても過言ではありません(苦笑)

時々自分でも

「書を教えるのが仕事のはずなんだけどなぁ…」

と思うのですが、この辺りの話を思い違いしたままでは、結局は皆さん前に進めませんので、仕方ありません。

「これも仕事のうち」

と自分に言い聞かせる事にしています(苦笑)



妙な例えかもしれませんが。

マラソン選手が高地トレーニングというものをするという話は皆さんも聞いた事があるかと思います。

あえて酸素の薄い状況下で練習する事によって意図的に体に負荷をかけ、身体的能力を向上させる事が目的なのだそうです。

言うまでもなく、高地でのトレーニングとは「身体的能力向上」の為の手段なわけですが、その際、

「こんなに酸素が薄いところでは自分のベストタイムが出せない。」

と言って、山を下りてしまい平地でのトレーニングに戻してしまったらどうですか?

それじゃ意味が無いでしょ?


このトレーニングの目的はその場でベストタイムを出す事などではありません。

これまた繰り返しますが、体に低酸素という負荷をかけた状態でトレーニングする事自体が、身体的能力向上という目的の為の手段なのなのですから、それを放棄してしまう事は結局は「身体的能力向上」という目的をも放棄してしまう事を意味します。

勿論最終的には平地での本番のレースで最高の走りをする事が目的なわけですが、ここではそれに向けての過程に於ける一歩なのですから、ここでの「身体的能力向上」という目的を放棄してしまっては、結局は最終的に本番のレースで最高の走りが出来ない、という結果を招く事になってしまうのです。

高地トレーニングの例を先の話にあてはめれば、高地という低酸素の状況というのが太筆に相当し、高地でベストタイムを求めるという事が手本と同じ太さに書けたかどうかに固執するという事に相当するわけです。


「下手な考え休むに似たり」

という諺がありますが、ホントにそう思いますよ。

しかも、素直に人の話に耳を傾けずに思い違いをしたまま練習を続けてしまう人というのは、結局は「練習を続けているような気になっている」だけで、実質的な練習がちっとも積み重ねられていません。

それなのに、残酷な事に時間だけは一切の遠慮無く誰にも平等に過ぎていってしまいますから、そのまま1年、5年、10年、20年、と、何一つ前進しないまま、本人も気付かないまま

「私は書を20年間やってきた」

などと勘違い丸出しの書家気取りにまでなってしまうのです。


お気付きかもしれませんが、今回登場した男性と言うのは、以前「20年間」の回で登場した男性です。

私は今回したような話の後に、静かにこう続けました。


「自己流を続けてきた20年の間にあなたの骨の髄にまで染み込んでしまった『間違った先入観や固定観念』を払拭するのには、余程の覚悟が無ければ無理だとお考え下さい。

今までやってきた事を全て捨てて、全く新しい事を一から覚え直すという意識を持てるかどうかです。

尤も、全て捨てるという事自体、悪癖があまりに深く染み込んでしまって、悪癖そのものが字を書く事を意味するような状態にまでなってしまっているあなたの場合、恐らくはそう簡単にはいかないと思いますが・・・

もう一度、ゆっくりお考え下さい。」


男性は

「う〜ん・・・ホントにそうですね・・・」

と深く考え込んでしまいました・・・



何だか暗〜い雰囲気になってしまいましたね(苦笑)

ホントは私もこの辺りの話はあまりしたくありません。

だって、どうしても説教臭くなるから、嫌がられる事も少なくないんですよ(苦笑)


でも、せっかくのブログですからね。

あまり遠慮していてもしょうがないですし。

と、開き直る事にして(笑)


次回はもう少し別の「思い違い」について書いてみたいと思います。

それではまた。

----------------------------------------------------------

初めてこのブログを読まれた方へ。

いらっしゃいませ。

あれこれ思いつくままに書いているので、書道独特の専門用語や人名などの固有名詞に関しては、その都度解説を付ける事はしていません。

初心者の方や学び始める以前の方には難解な部分も多かったかもしれませんが、お許し下さい。


「一言書いてみたいんだけど、みんなに読まれてしまうコメントに書くのは何だか気が引ける・・・」

という方や、

「何だか下手な事を書いたら説教されそう・・・」

という方、また、通信添削について御質問のある方は、下記のアドレスまで御意見御質問をお送り下さい。

誹謗中傷を目的としたような常識に反するもの以外、お返事させていただきます。

nonbirishodo@mail.goo.ne.jp


定期的にアップ出来ているわけではありませんが(正直言ってサボりがちです)、よろしかったらまた覗きにいらして下さい。

ラベル:書道
posted by 華亭 at 13:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 考え方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック