2008年07月17日

三門記

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今回は前回までの余りの雑談続きを軌道修正して(笑)、久しぶりに「臨書のすすめ 楷書」です。


何を取り上げるのかと言うとですね。

趙子昂『玄妙觀重修三門記』(以下『三門記』)です。

「え〜〜っ!?趙子昂?」

とか言わないで下さいね(笑)


この『三門記』、書道史のテキストや解説本などでは「楷書」として扱われている事が多いのですが、実際に臨書してみると、一見した印象から受ける以上に、極めて行書的な書である事に気付きます。

その意味ではいっその事「臨書のすすめ 行書」のカテゴリに入れてしまおうかとも思ったのですが、まぁ、カテゴリなんてのは便宜上の事ですから、余り深く考えずに「臨書のすすめ 楷書」に入れておきましょう。


さて、この『三門記』、楷書(や行書)の学習に於いて、更に言えば臨書学習に於いて、その対象に挙げられる事など殆んど無いのかもしれません。

ですが私が考えるに、良い意味でこれ程平易な書も他に無いだろうと思いますし、それこそ初学者が

「臨書というものをやってみよう」

と思い立った時、『九成宮醴泉銘』などよりも余程学びやすいと思います。

平易であるという事は分かりやすいという事ですから。


私見としては、起筆の方法が私が考える「基本」とは大きく異なるので、その部分のみ、初学者が学ぶにはネックになるかとは思いますが、それにしても、線質は淡白、字形は皆ほぼ正面向きで尚且つ極めて再現性が高く、線の太細はほとんど無し、更には空間分割は非常に簡潔、等々、その特徴を並べてみただけでもまるで学校の書写のテキストでも見ているかのようです。

肉筆ですから模糊とした拓本ものなどよりも遥かにその実体を掴み易く、文字数も豊富とまではいきませんが少なくもありませんので、正に初学者が学ぶにはうってつけです。

実用的な場面での応用を想定してみても、少し扁平な字形も含め葉書や封書の宛名書きにこの風をそのまま当てはめたとしてもぴったりでしょう。

しかもこの書、『九成宮醴泉銘』等の古典の特徴を物理的に再合成したような面を持っているので、そういった事を検討してみるのも、初学者にとっては非常に有益であるはずです。


と、ここまで「初学者向き」という点を強調してきましたが、だからと言ってこの書が初学者にしか向かないという意味では断じてありません。

この書のように、一見何の変哲も無いかのように見えるものこそ、実際に臨書してみる必要があると思いますし、臨書してみるからこそ、見えてくることもたくさんあるはずです。

ですから甘く見てはいけません。


この書は東博所蔵で、展示テーマが元代にかかる時なら必ずと言って良い程に出てくる言わばレギュラー組ですから、タイミングが合えば比較的簡単に実物を見ることが出来ます。

私もこれまでに何回か見ていますが、確かに見る者の情感を激しく呼び起こすような質のものではありません。

しかも、先述のようにその特徴自体が極めて平易ですから、例えば『九成宮醴泉銘』を見る時のように分析的な視点から捉えてみようとしてみたところで、すぐに行き着いてしまいます。

どこを取ってもとにかく平易で中庸ですから、とてもではありませんがカリカリのキンキンに研ぎ澄まされた『九成宮醴泉銘』には太刀打ち出来ません。


が、それでもじ〜っと見ていると、そういうものとは全く異なる世界がある事に気付きます。

その書姿はどこまでも淡々としていて、一点一画たりとも揺るがせにせず書かれてはいますが、先述のとおり『九成宮醴泉銘』のような研ぎ澄まされた緊張感ではありません。

とにかく、ただひたすらに「淡々と」なのです。

にも関わらず、単に無機的で無表情というわけでもない。

ここがポイント。


青山杉雨氏は彼の書を

「面白くはないが立派なもので、習練のたどりつける最高の限界」

と表現していまが、言い得て妙だと思います。


この評に対して

「面白くないんだ。じゃあ、やっても意味無いや。」

と思ってしまう人もいるでしょうが、考えてもみて下さい。


「修練のたどりつける最高の限界」

とありますが、これは裏を返せば、最高の限界に辿り着けるだけの修練を積んでこそ、初めて手に入れることが出来る世界だという事です。

それ程の修練、あなたは本当に積んできていますか?


只ひたすらに淡々と、平易で中庸でありながら、単に無機的で無表情なものでは終わらせない、このような書を、あなたは書く事が出来ますか?


正直言って、今の私にはとてもじゃありませんが書けません。


書法としての小手先の技術的な問題として、「書けるかどうか」を言っているのではありませんよ。

そんな事なら簡単な話です。

ここで言いたいのは、このような質感の、このような雰囲気の書の世界を作り出せるのか、という事です。


繰り返しますが、今の私には到底出来ません。


このような書というのは現代には最もアピールしないタイプの書なのだと思いますが、

「アピールしない」=「評価に値しない」

という図式としてのみしかこの書を捉えようとしないのは間違いだと思うのです。


何の変哲も無く淡々と書き進められているこの書は、言ってみれば「何の変哲も無く淡々と書き進められている」という無二の世界を持っています。

そしてその世界こそが、結果として趙子昂にしか表出し得ない世界なのです。


まぁ、こんな屁理屈は抜きにして、とにかく一度臨書してみて下さい。

「こんなの簡単だよ」

と思っていたはずが、実はそれほど甘くはないという事が分かってくるはずです。

お試しあれ。


それではまた。

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初めてこのブログを読まれた方へ。

いらっしゃいませ。

あれこれ思いつくままに書いているので、書道独特の専門用語や人名などの固有名詞に関しては、その都度解説を付ける事はしていません。

初心者の方や学び始める以前の方には難解な部分も多かったかもしれませんが、お許し下さい。


「一言書いてみたいんだけど、みんなに読まれてしまうコメントに書くのは何だか気が引ける・・・」

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定期的にアップ出来ているわけではありませんが(正直言ってサボりがちです)、よろしかったらまた覗きにいらして下さい。

ラベル:書道
posted by 華亭 at 22:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 臨書のすすめ 楷書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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